主役の実力

ニック

第1話

あるところに二人の姉妹がいました。

妹は素直で心が優しく、見た目も麗しい少女です。

そのため求婚者が何人もあらわれ後を絶ちません。

しかし、男手一つで姉妹を育ててきた父は、

「姉が結婚するまで、妹は結婚させない」と誓います。

一方の姉は口が悪く、乱暴で誰も手を付けられません。

巷では「じゃじゃ馬」と呼ばれ……



レイナ、タオ、シェイン、そしてエクスの4人は霧の中を歩き続ける。

今までいた想区のカオステラーを倒し、『沈黙の霧』を渡り次の想区に移る。

濃い霧がどんどんと薄くなり――


「……着いたようね」


先頭を歩いていた『調律の巫女』レイナが立ち止まる。

沈黙の霧が晴れ、視界がクリアになった。


「ここが次の『想区』か!」


一行の『自称大将』、快活なタオは一歩前に出て辺りを見回す。

鳥の声が聞こえ、木陰が揺れ心地よささえ感じる森の中。


「今のところ、何もないですね」


いつもの表情のまま『妹分』シェインは辺りを様子を探る。

想区を移動すると、すぐにヴィランが襲ってくる。

だがその気配が今はない。


「平和な想区、なのかな」


『ワイルドの紋章』を持つ気弱そうな青年、エクスは呟く。

警戒体勢を解き、導きの栞をしまう。


「それはないわ、この『想区』にもカオステラーの気配がするもの」


「カオステラーがまだあまり動いていないのかもしれませんね」


「それかお嬢の『方向音痴』が目覚めたか」


「な!? 失礼ね! カオステラーの気配はちゃんとしますー!」


警戒の必要がないと分かると、二人のじゃれ合いが始まった。

いつものこと、とエクスも最近はすっかり慣れてきた。


「あはは……まずは、人がいるところに出なきゃ」


「そうですね、とりあえず先に進みましょう」


言いあう二人を放っておき、エクスとシェインは森の中を歩き始めた。

残された二人は言い争いながらもきちんとついてくる。

適当に歩いているエクスは少し迷い始める。


「こっちでいいのかなぁ」


「大丈夫です。むしろこの先――誰かが戦っています」


シェインはその鋭い感覚でまだ目視することは出来ないが戦っている音が聞こえていた。


「何!? どこでだ」


いち早くタオが反応する。

じゃれ合っていても前を歩く二人の会話は聞いていたようだ。


「こっちです」


シェインが道案内するように先頭を走る。

その後に続き、みんなも足を速める。


「どんな様子だ?」


「ヴィランの数が多いです。囲まれてはいないようですが、戦っているのは一人のようです」


「急がないと!」


どこまで続くか分からない森の中を、迷うことなく走り続ける。

しばらく走ると、倒れているヴィランが目につく。


「これか」


ばたばたと倒れたヴィランが道を作っている。


「強いわね」


進むごとにヴィランの数が増えていく。

この先に戦っている人物がいる。


「あちらです」


シェインは足を止めることなく伝える。

三人にも遠くの方にヴィランと戦っているのが見えた。


「あれか!」


「って、戦ってるの女の子!?」


こぶしを振るう15歳くらいの少女を目にしてエクスは驚く。

少女は恐れることなくヴィランを睨み、右ストレートを放つ。

ヴィランは倒れ、少女は次のヴィランを睨む。

だがその背後には、別のヴィランが少女を狙い――


「加勢しましょう!」


「おう!」


それぞれ自身の『空白の書』を取り出し、『導きの栞』を挟んだ――


***


「おっし、片付いたな」


『空白の書』をしまい、伸びをするタオ。

辺りには多くのヴィランが倒されている。

襲ってくるヴィランはもういない。


「……で?」


一言だけ、初めて聞いた少女の言葉に誰ともなく疑問の声が上がった。


「え?」


共にヴィランと戦ったため、油断していた。

少女はヴィランを睨んでいた時と同様の視線を投げかけている。


「アンタたち誰? っていうか何様のつもり? いきなり出てきて人の獲物奪って」


「あ? ヴィランに襲われてるようだから助けてやったんじゃねーか」


加勢したにもかかわらず、お礼を言われるどころか嫌味を言われた。

黙っていられるわけがない。

タオの言葉を聞き、少女は目を丸めて驚く。


「『助けてやった』?」


言葉を反芻させ、その意味を理解しようとする。

襲われているところを助けようとしてたことに気づき、少女は笑い出した。


「何がおかしいんだよ」


「そもそも、誰が助けてくれって頼んだのよ。アタシそんなこと一言も言ってないし、頼んでもない。むしろ邪魔」


手をひらひらと振り、追い払う仕草をする。

それは完全に四人を小馬鹿にした態度だった。


「なんだと? 女だからって調子に乗るなよ」


「タ、タオ!」


「やめなさい!」


一歩前に出ようとするタオの服を掴み止めようとする。

シェインは少女の言葉が引っかかるのか、兄貴分を止めようともしない。


「……『女だから』?」


少女がぽつりと言葉をこぼす。

エクスが気になって少女に視線を向ける。

その目はヴィランを睨んでいた時とはけた外れに憎しみがこもっている。

視線はギロリとタオを一直線に睨み、離さない。


「だったら」


少女はタオに近づき、こぶしを振り上げる。

ドカっと重い一撃を浴びせる。

タオはその場に倒れこんでしまった。


「『男だから』って調子に乗らないでくれる」


怒りのこもった声でタオを見下す。

あまりの迫力に何も言うことが出来ない。


「……あ、ちょっと君!」


はっと我に返ったエクスが呼びかける。

そういえば名前すら聞いていないことに気づいた。

けれど少女は呼び声を無視し、背を向けてずんずんと森の中に消えてしまった。


「ダメです。タオ兄は完全に伸びちゃってます」


殴られどころが悪かったのか、はたまた彼女の力が強いのか。

タオは意識を失っていた。


「これじゃ、追いかけるのは無理そうね」


タオの様子を見て軽くため息をつく。

念のため、と回復魔法をかける。


「彼女、凄く怒ってたね」


「まあ、さっきのはタオの言葉が悪いところもあったわ」


「ですがあの言いよう、タオ兄が怒るのも無理ないです」


タオの肩を持った言い方をするシェイン。

最初の態度の悪さは見ていて気持ちのいいものではなかった。


「そうね、でも彼女にとっては私たちの行動が押しつけがましく感じたのかも」


レイナは冷静に今までのことを分析し、自身らの非を認める。


「……そうだね、あと『女だから』って言葉に怒ってたみたい」


「それはシェインも思いました」


レイナも頷く。

タオは何気なく言ったのだろうが、その言葉が彼女を怒らせたのは事実。


「カオステラーを探すのと並行して、彼女も探して謝りましょう」


「そうだね」


「分かりました。とりあえず全てはタオ兄が起きてから、ですね」


心地よい森の中、三人は甲斐甲斐しくタオが起きるまで世話をした。


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