第71話皇帝テオドシウスへの暴動報告
ビザンティンの宮廷に戻った警護長官アタナシウスは、テオドシウス帝に港における状況についての報告を行った。
それも、トリボニアヌス一派が市民の反感を買い、暴徒化した市民により殺されたとだけの報告に留めた。
しかし、テオドシウス帝の表情は何も変わらない。
警護長官アタナシウスにとっては、テオドシウス帝の表情が、何も変わらないことが、不思議だった。
「これも、計略なのですか?」
どうしても聞きたくなった。
仮にいかなる理由があろうとも、重鎮の筆頭でもある法務長官トリボニアヌスが、一般の市民により虐殺されたのである。
ビザンティン宮廷にとっても、今後の閣議運営等にも支障が出ることが予想される。
それでなくても、異民族侵入対策や、城壁修復事業、西ローマの政情不安もあり、ビザンティン宮廷としても、速やかな政策決定が待ち望まれている現実がある。
しかし、最終決定権者のテオドシウス帝は何ら表情を変えない。
むしろ、その胸を張る。
「あのトリボニアヌスが殺され、市民は悲しんだのか、喜んだのか」
テオドシウス帝は、思いもよらない質問をアタナシウスに浴びせてきた。
「いや、そのようなことは、特に悲しむ声も聞こえず」
アタナシウスとしては、「喜ぶ声が大半であった」などとは、口が裂けても言えない。
アタナシウスとて、宮廷人である。
仲が悪い同僚としても、そんなことは言い難い。
「それで、お前はトリボニアヌス達を殺した者どもを、捕縛したのか」
テオドシウス帝から、また厳しい質問が浴びせられた。
取り囲む市民の目を恐れて、捕縛などできなかった、そんなことはある意味、職務放棄である。
そのまま、事実を報告すれば、警護長官と言えども、一定の罰は免れない。
「暴徒を放置した」と判断されれば、「反逆者たちに加担した」ともなり、牢獄とて、あり得る話になる。
何も応えられないアタナシウスにテオドシウスは、言葉をかけた。
「ああ、その後、市民の暴動は発生しているのか」
「いえ、暴徒は特定できませんでした」
「遺体の処理や、負傷者の搬送を行いましたが、すぐに市民は消え去りました」
素直に報告を行うことにした。
もはや、何も言い逃れができそうにない。
ところが、テオドシウス帝は意外なことを言い放つ。
「それならば、お前の行動は問題が無い」
「トリボニアヌスとその一派については、市民自らが、ビザンティンのシャルル君に対する無礼や今までの悪慣習に怒り、刑を執行した」
「これ以上、市民が暴動を起こすのならば、お前の責任になるが・・・」
「既に、新しい閣僚の任命も進みつつある」
「その人選については、ハルドゥーンとヨロゴス先生に一任した」
「これで、しばらくは風遠しがよくなるだろう」
ここまで話をして、テオドシウス帝は、一旦黙った。
「ありがたきお言葉にございます」
アタナシウスは、この言葉で本当に肩の重しが、全て無くなった。
ビザンティンの宮殿に戻った時点では、トリボニアヌスたちの虐殺事件、暴動事件の責任を取らされ、下手をすれば実刑、つまり死罪までも覚悟していたのである。
少し、落ちついた顔に戻ったアタナシウスに、テオドシウス帝は再び声をかけた。
「このテオドシウスは、ビザンティンの都と市民を護る義務がある」
「それは、お前も同じことだ」
「考え違いをするな、宮廷人を護るためにではない、あくまでもビザンティンの都と街だ、それが安泰であることが第一なのだ」
テオドシウス帝の瞳は、真っ直ぐにアタナシウスを見据えている。
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