第70話暴動の事後処理

一方、警護長官アタナシウスは、ようやく港の暴動の場に到着した。


暴動はシャルルを歓迎するために集まった群衆が、そのシャルルに対してビザンティン宮廷への取次謝礼を要求した法務長官トリボニアヌスの言動を非礼と捉え、発生した。


宮廷人トリボニアヌスとしては、長年ビザンティン宮廷においては、全く途切れることも無い慣例でもあるので、それ故他の宮廷人が誰も疑問に感じなかった。

トリボニアヌス自身、「当然の儀礼」「宮廷に招き入れてもらうための謝礼」を、そのまま要求しただけである。

何も、自らが招待者であるシャルルに対して非礼な態度を取ったとは考えていない。

それに、過去の招待者たちにおいては、全てこの「慣例」に応じてきた。

シャルルとて、特別扱いはできないのが、当たり前であって、そのことを理解できないシャルルなど、「そもそもビザンティン宮廷に入る資格もなく」「まかり間違ってもテオドシウス帝と謁見など許さない」、それが歴史と伝統のあるビザンティン宮廷の誇りだと考えていたのである。

猛将ハルドゥーンからは、「ヤッカミ」など言われ、顔が紅くなるほどの憤慨をしたが、あえて反論もしなかった。

トリボニアヌスとしても、古来からの慣例を自らの一存で破ることはできない。

何しろ自分自身が慣例や法を護る司法長官なのである。


シャルル自身の本人確認を求めたのも、理由がある。

テオドシウス帝自身が、そもそも西ローマのミラノの人間であるシャルルを招待した以上、シャルルは当然、テオドシウス帝の前に出ることになる。

テオドシウス帝としても、世に名だたる文人皇帝であり、軍事よりも外交交渉で平和を勝ち取る政治家である。

となれば、シャルルを招待する理由としては、ビザンティン宮廷内での「一定の政治的アドヴァイス」を求める意図も感じ取れる。

つまり、異邦人シャルルが自分たち旧来の宮廷人に加わることもあるし、下手をすると各国を歴訪してきた経験から、「自分たち宮廷人が触れられたくない指摘」をされることも考えられるのである。

そしてもし、その指摘が厳しいものになれば、自らの失脚にもつながりかねない。

シャルルに対して捕縛で、脅しをかけながらも、慎重に本人確認を求めたのも、トリボニアヌスにとってみれば自らを含め、宮廷人たちを護るため、至極当然のことなのである。


しかし、そんなトリボニアヌスを中心とした「宮廷人の理屈」など、既に興奮の度を高めるビザンティン市民には、理解されることはない。


「シャルル様に無礼だ!」

「お前たちはビザンティンの名誉を汚した!」

「重税ばかりかけやがって!」

「ロクな裁判もできない!身内ひいきばかりじゃないか!」

「地震で崩れた城壁だって、いつ直す!」

「業者の選定がまだ出来ないのか!それもワイロしだいだろう!じらせばワイロが上増しになるのか!」

「アッティラがシャルル様を連れ去ってしまった!」

「こんな、役人ばかりじゃ、俺たちはアッティラ様に従うぞ!」

口々に、日ごろの恨みをはらすべく、無防備なトリボニアヌス達宮廷人を襲撃してしまったのである。


「ふう・・・ここまでとは・・・」

警護長官アタナシウスが「現場」に到着した時は、トリボニアヌスをはじめとして、ほとんどの宮廷人が暴行により、息絶えていた。

また、かろうじて息をしている者も、かなりな怪我、自力で歩くことも立つこともできない。


アタナシウスも、暴行を行った市民たちを捕縛することはできなかった。

仮にも、そんな動きを見せれば、自らが今目の前に横たわるトリボニアヌスと同じ目にあうことは、今度は警護長官アタナシウスを怒りの目で見つめて来る数多のビザンティン市民の目がある以上は、自明の理である。

結局、アタナシウスとしては、十人足らずの部下に、死体の処理と家族への連絡、そして、負傷者の自宅への搬送を指示する以外、何も出来なかった。

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