第65話宮廷人の発想

しかし、シャルルのそんな純真にして単純な発想を許さないのが、ここビザンティン宮廷である。


まず、出迎えに出た宮廷人の筆頭でもある法務長官トリボニアヌスが両手を広げ、シャルルの前に立ちふさがった。


「ここを通すわけにはいかない」

「どうして、こんなに人が集まるのだ」

「そもそも、お前は、本当にあのシャルルなのか」

「皇帝船に乗っていたからと言って、お前がシャルルとは限らない」

「シャルルの名を騙る偽者ではないのか?」

「もし、その嫌疑を解きたければ、皇帝テオドシウス様からの招待状とやらを、ここに提示せよ」

「もし、それがかなわないのならば、ここビザンティンの法務長官の名において、お前を住民扇動の罪により、捕縛することになる」

トリボニアヌスの顔は、厳しい。


つまり、皇帝船には、不特定多数の人間が乗っていた。

そのため、自らを「シャルル」と僭称する者がいる場合もあり得る。

そのため、シャルルがシャルルとして認められるには、「皇帝テオドシウスからの招待状」そのものが、必要と主張するのである。

また、それを渡さない場合は、「群衆を集め、扇動、治安の不安を招いた者として、捕縛する」とまで言い切る。


この法務長官トリボニアヌスの言には、ハルドゥーンも反応を示した。

「おい!トリボニアヌス!俺がミラノから連れてきたんだ」

「この俺は、この男をシャルルと認める」

「それでいいだろう!」

「どうせ、直々の招待状を渡したところで、吟味をすると称して、早くて一か月、下手をすれば、事務煩雑を理由に一年も投獄するのだろうが!」

ハルドゥーンは、本当に怒っている。


しかしトリボニアヌスは、ハルドゥーンの怒りなど、全く意に介さない。

「そもそも、身分の不確かな者を、テオドシウス帝の前に連れて行くことはできない」

「宮廷には、宮廷の決まりがある」

「お前のような野蛮な軍人なら、野原で人を殺していれば、カタは着く」

「しかし、これから向かうのは宮廷だ、それなりの筋を通してもらわねばならない」


「・・・つまりはお金なのですか、まず第一に」

トリボニアヌスとハルドゥーンのやり取りを聞いていたシャルルが突然、口を挟んだ。

そして、そのまま続けた。

「ビザンティンの宮廷では、全ての行為について、担当のお役人に、お金を包むと聞いています」

「それが無ければ、何事も進まない」

「もし、そのお金が無い場合は、正しいことを主張する、あるいは正当な手続きを経て様々申請を出しても、却下あるいは投獄されるとか」

シャルルの問いかけに、特にトリボニアヌスは、苦々しい顔になる。


シャルルは続けた。

「私は、貧しいお方で、当面のお金が無い人に、お金を融通することはあります」

「しかし、裕福で、本来渡す必要が無いお方に、渡すお金は持ち合わせておりません」

「それでも、この私にお金を要求するのなら、私はここでビザンティンを立ち去ることにします」

「テオドシウス様からの招待状は、ハルドゥーン様に託します」

「本当に残念ですが、この先は、アッティラ様と旅をします」

「アジアの地にも、旅をしてみたいと考えています」

そこまで言って、シャルルはまず、ハルドゥーンに深く頭を下げた。


そして、笑顔でアッティラの集団に加わってしまった。

慌てて、メリエム、バラク、ヨロゴスの一家がアッティラの集団に加わった。


アッティラも驚いている。

「おい!いいのか?」


シャルルは笑っている。

「ここまで来られただけでも、幸いです」

「それでも正当な招待状を持ちながら、招待されない宮廷」

「シャルルでありながら、それを信じない宮廷のお方たち」

「お金が無ければ、入ることすら許されない宮廷など興味はありません」

「さあ、行きましょう、アジアの地に」

シャルルは大柄な男が多い、アッティラの集団の真ん中に入ってしまった。

こうなると、遠くからはシャルルの姿は、全くわからない。

そして、そのまま、アッティラの軍勢は、アジアを目指して動き出してしまった。



「この!馬鹿者が!」

ハルドゥーンは、顔を真っ赤にして、法務長官トリボニアヌスを叱りつける。

「この話は、必ずテオドシウス様に伝える!」

「シャルルは、信用を置かない相手とは、絶対に話をしないんだ!」

「何のために、ミラノから騙し騙し、連れてきたのか、わからないじゃないか!」

「それに、お前だって、テオドシウス様の元に、連れて帰るお役目だろうが!」

「役目を果たさないお前に、テオドシウス様が、どう対応するのかわかっているのか!」


少しずつ法務長官トリボニアヌスの顔が蒼くなってきた。


ハルドゥーンは更に続けた。

「結局お前が、シャルルを止めたのは、シャルルが言った金に加えて、港でシャルルに関心が全て集まってしまったことへの、ヤッカミ、嫉妬だろう!」

「ああ、宮廷内では、お前に頭を下げるものばかりだからな!」

「それが、こんな港で雑多で身分が低い者たちが頭を下げたのが、シャルルだった」

「そこでプライドを傷つけられ、くだらない理屈を振り回しただけだろうが!」


ハルドゥーンの言葉は図星だった。

つまり宮廷人の風習が身に沁み込んでいる法務長官トリボニアヌスは、港について、まず最初に自分に頭を下げ、謝礼を渡さなかったシャルルに腹を立て、そのうえ港全体の人気を集めてしまったシャルルに嫉妬していたのである。


「そうは言っても、これでシャルルは当分、ここには来ない」

「これで、平和が保たれる」

「こういう大都会では、何事もないのが、一番のこと、それが平和、俺たちも安泰」

法務長官トリボニアヌスは、顔を蒼くしながらも、持説を変えようとはしない。

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