第64話シャルルの感謝

港を吹く強めの風に身体を少し揺らされながらシャルルは、ようやくビザンティンの地に降り立った。

待ち構えているビザンティンの市民、宮廷人、アッティラの目が、その姿に集中する。


「さて、そのまま歩くか、話をするか・・・」

ハルドゥーンもシャルルを見て、緊張している。

「何を話すか、誰と最初に話をするか、ここは一番大切な部分である」

ヨロゴスも、表情を厳しくする。

「しかし、まず天を見てから、その後、頭をたれ、ブツブツと・・・」

ペトルスは、おそらく祈りを行っていると判断する。

「うん、となると、次は・・・」

メリエムは、シャルルが跪く姿を予想した。


メリエムの予想通りだった。

シャルルは、天に向かい、祈りをささげた後、跪き、ビザンティンの地に接吻を行ったのである。


シャルルは再び立ち上がった。

そして、並み居る群衆に向かい、話を始めた。


「皆さま、ここに、お集まりいただき、ありがとうございます」

「生まれ故郷のミラノを離れ、ようやく、ここビザンティンの都にたどり着くことができました」

「これも、全て主なる神からのお恵みと信じ、今までのご加護に感謝をいたしました」

シャルルは、一旦ここで、口をきつく結んだ。

そして再び語りだした。


「想えば、ミラノを出た時には、私はたった一人」

「従者も拒否しました」

「全ては、神が差配してくれると信じていました」

「今は・・・」

シャルルは一旦、ハルドゥーンに頭を下げ、後ろを振り返った。


「私と一緒に、この豪華な船に乗り、旅を共にしていただいた方々」

「その貴重な皆さまの、病気の看病を懸命に尽くされたマルセイユの薬師ご一家様」

「アテネから私を海風から守っていただいたバラク様」

「貴重なる古来からの歴史と哲学を惜しみなく教授いただいたヨロゴス様」

「類まれなる航行の技術で、この船を安全にビザンティンまで、連れて来ていただいたペトルス様」

「そして、フィレンツェの手前から、命を賭して、この至らぬシャルルを警護していただいたハルドゥーン様」

「全てのお方にも、心より感謝をいたします」

シャルルは十字を切り、再び深く頭を下げた。


「・・・それから、今、この皇帝様の船の周りに、テオドシウス様の旗を掲げている、たくさんの船に乗ったお方は、自らこのビザンティンの警護をなさると申されております」

「この方たちにも、今までビザンティンの港まで、完全な警護を行っていただきました」

「心より、感謝をいたします」

シャルルは再び十字を切り、大量の小舟に向かい、頭を下げた。


「さて、そこまではいい、これからだ」

ハルドゥーンは群衆の方へ向き直った。

群衆は、シャルルの言葉や動きをじっと見ているだけ。

何しろ、今まで目にしたことのないタイプらしい。


「一言一言、善意の固まりで」ペトルス

「ああ、裏が何もない」ヨロゴス

「まあ、そのまま歩くだけさ」メリエム

「まず、アッティラ以外は、誰も知らない」ソフィア


シャルルはまず、ハルドゥーンに宮殿への道案内を頼んだ。

「ハルドゥーン様、テオドシウス様の招待状はあるのですが、場所がわかりません」

「何しろ、ミラノとは比較にならないほど、大きな建物が並んでおりまして」

「道を間違い、右往左往するのも、テオドシウス様にも、街の方にも失礼にあたりますので、是非、道案内を」

何しろ、必死に頼み込んでいる。


「ふ・・・そうか・・・」

ヨロゴスはシャルルの意図を理解した。

「シャルルは、まずテオドシウス帝の招待状に基づき、この地に来た」

「だから、目指すのは、ここで待ちかまえる人々ではない」

「とにかく最短距離、最短時間でテオドシウス帝の宮殿に歩くだけか」


「まあ、他の人がついてこようが、何だろうがそれは二次的なこと」

「話しかけられたら対処するだけ」

ソフィアは、面白そうにシャルルを見ている。


「そもそも一人でミラノを出て、今はこれ程の群衆に囲まれている」

「こんな、男はまずいない、ますます惚れてきた」

メリエムはうれしそうな顔になっている。

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