第52話哲学者ヨロゴスの猛攻撃
翌朝は、午前9時からヨロゴスとシャルルの対話が始まった。
もちろん、ハルドゥーンとメリエムは同席する。
また、ヨロゴスの屋敷の周囲は、ハルドゥーンの部下が警備を行っている。
アテネの聖職者代表は、典礼があると言う理由で、姿を現さない。
ヨロゴスは、クスリと笑った。
「何しろ教会という場の金銀財宝、飾り付け、儀式、様々大金を費やす」
「信者からの寄付も、それに費やすため」
「過分に収めさせ、差額は懐に」
「それがイエスとやらの教会の姿」
昨日にも増して、ヨロゴスの論調は、辛辣である。
「確かに、富が集中するのは教会と教会を牛耳る一派だけ」
「本来、本当に必要な人達、病人、怪我人、職がない未亡人などに、行き渡るものではありません」
シャルルもヨロゴスの考えと同じようだ。
「典礼という理由もそうだ」
「豪華絢爛を極めた教会とやらで、マジナイを唱えれば、神の救いがあるのか」
「どこに、神がそんなことを言ったという証拠があるのか」
「そもそも、本当に救いが必要な人達、シャルルさんが言うような人などは、お金もないから、教会にも入れず、典礼にも寄付できない」
「とすれば、救いもないのか、イエスの教会、イエスの神は金で救いを行うのか」
「イエスの教会は、金の有る無しで、救いを行うか行わないのかを決めるのか」
「救いが必要な人を救わず、金だけ集めているだけではないか」
ヨロゴスの言葉が、厳しくなってきた。
「そうなると、何のための教会なのかわかりません」
シャルルも深く考え出している。
育ったミラノの修道院、アテネまでの道中で立ち寄った教会は、ここアテネほどではないが、それぞれしっかりと装飾を施していた。
また、聖職者たちの衣服も、ローマを筆頭に華美が目立った。
シャルルが育ったミラノの修道院においても、色使いは地味なものの、生地そのものはしっかりとした高価なものだった。
それにしても、シャルルの実家など裕福な家からの寄付が財源になる。
シャルルとて、今までの道中で、出会った病気や金欠に苦しむ人々に、出来る限りの善意を施したものの、実際に救われた人は全体の一握りだと思う。
「ところで、シャルルさんとやら」
ヨロゴスは、柔和な笑みを浮かべ、シャルルを見た。
「はい、ヨロゴス様」
シャルルはヨロゴスの次の言葉が読めない。
ここは、待つしかない。
「お前さんは、修道院育ちかい?」
あまりにも、簡単な質問である。
「はい、アンブロシウス様の」
シャルルは、素直に応える。
「いや、アンブロシウスとかは特に関係ないな」
「そんなことよりな」
ヨロゴスの目が光った。
「はい」
シャルルは、条件反射のように、身構える。
「そういう修道院というところで、聖書とやらを読むと、偉くなるって神が言ったという証拠はあるのかい?」
「そもそも、聖書とか言うものは、普通の家では読めないのかい?」
「読んだらまずいとか、具体的な理由とか法律とかが、あるのか?」
「聖書とやらもなあ、イエスが書いた書が残っている?」
「イエスは確か、アラム語という違う言語さ」
「イエスの教会とやらも、ローマを超えてミラノまで、いやもっと拡大しているとならば」
「よほど、確実な証拠があると思ってね」
ヨロゴスは、シャルルの意図や理解を超えた質問を仕掛けてきた。
これには、シャルルも難儀する。
どれ一つをとっても、確実な反証根拠がない。
そのシャルルにヨロゴスは、さらに追い打ちをかける。
「そもそも、主なる神とかね、いろいろ言うんだけどね」
「神って何?」
「神とやらに、努力してもかなわない状況改善のための介入を望むのであれば」
「例えばユダヤ民族が他民族の支配からの解放とかね」
「そうなると、ユダヤだけの神が、ユダヤだけのために他民族に翻意を促すとか強制するとか、滅ぼすとか、段階を踏み強硬手段となるだろうし」
「全世界を創造した神とした場合は、何故ユダヤの民を他民族の支配下に置いたか、ユダヤの民に全く落ち度が無かった場合は、神とやらの特別の意図があるだろうし、介入決定も神とやらの胸先三寸、ユダヤ人の意図などどうにもならない」
「そもそもユダヤ人を創造神の選民としたなんて話は、ユダヤ人だけが言っているだけ」
「全世界を創造し、全世界の民の神ならば、そういう大切な決め事は、他の民族にも告げるだろうし・・・でも、そんな話はアテネでもギリシャでもエジプトでも、どこでも聴かないな」
「ユダヤの民に落ち度がある場合は、その落ち度を自ら改善しないと、なかなか、介入もしてはもらえないだろうねえ・・・」
シャルルの顔は、少しずつ蒼くなった。
何しろ、今まで信じて疑わなかった、典礼、修道院生活、聖書、神まで、理路整然と、「その根拠」を脅かされるのである。
ハルドゥーンも舌を巻いている。
「おいおい、シャルルがここまで、やりこめられるのは初めて見た」
「どうなるかなあ・・・」
少し心配な様子。
ただ、メリエムの顔は明るい。
「まあ、いつものシャルルの戦法だよ」
「引きずり込んで、あっという手を打つ」
「大丈夫、心配いらない」
メリエムはシャルルの横顔をじっと見ている。
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