第31話メリエムの赤面

ローマからナポリまでの距離は、およそ215㎞。

アッティラの集団が姿を消し、ハルドゥーンの集団だけの警護となり、街道を進んでいる。といっても、50人程度の集団であるから一人の人間の警護としては、およそ問題は生じにくい。

また、天候にも恵まれ、シャルルの体調も少しずつ回復の兆しを見せている。

そんなシャルルを見て、ハルドゥーンの講釈が再開となった。


「まあ、これから向かうナポリ、つまりネアポリスは、我がギリシャ民族がほぼ、九百年前に築いた街でしてね」

「海の幸、山の幸、様々美味な料理が揃っています」

「気候も温暖、ミラノ、フィレンツェ、ローマよりは過ごしやすいと思われます」

「かつてはあそこに見えるヴェスピオ山が大噴火し、災害に見舞われたこともあるのですが、今は幸い落ち着いています」

「まあ、かつてと言っても、すでに400年近くも過ぎておりますがね」

「ひとつのポンペイという街が全て灰燼に帰してしまった」

「あまりにも、ひどい災害なので、誰も手をつけられない」

「火山噴火と地震・・・それで全てを崩し覆いかぶせてしまった」

「本当に自然の行うことは、人間の出来ることとは、桁が違う」

「ほんとうに短い時間で、全て・・・・」

黙って聞いていると、ハルドゥーンの話は、いつまで続くのかわからない。

シャルルは、少しずつ眠さを感じ始めている。


「そうですか・・・全てを覆いつくしたのですか・・・」

それでもシャルルはハルドゥーンに言葉を返した。

珍しくシャルルから返事があったこともあり、ハルドゥーンの口舌は続く。

と言っても、その後はナポリの歴史や郷土料理の話、いつの間にかシャルルは眠ってしまった。


「ねえ、ハルドゥーン、無理よ」

「シャルルは、熱はまだ微熱程度だけど、それが続いている」

「弱るとなかなか回復しない体質なのかもしれない」

「だから、おしゃべりもほどほどにして」

シャルルの傍らで、メリエムがハルドゥーンに頼み込んでいる。


「うん、わかった」

「シャルル様が聞いていてくれたので、ついついなあ・・・」

ハルドゥーンは、恥ずかしそうに頭を掻いた。

「ただ、それでもなあ・・・」

ハルドゥーンは既に寝息を立てているシャルルの顔を見つめた。


メリエムはハルドゥーンの次の言葉を待った。

ハルドゥーンの目が少し厳しくなった。


「全てを覆い尽くすに、反応した」

「それが、何か・・・」

「もちろん、直接何かではないと思う」

「もしかすると・・・何か、とんでもないことを考えているかのような目だった」


メリエムは、ハルドゥーンの感性の鋭さは、熟知している。

そのハルドゥーンが「何か、とんでもないこと」とまで、言ったのだから、何かがあるはずである。

しかし、ハルドゥーンはその実態を理解しているとは思えないし、メリエムとて全くわからない。


「全ては元気になってからかなあ」

メリエムがつぶやくと、ハルドゥーンは頷いた。


「とにかく、近隣の暖房のしっかりとした貴族邸か教会に宿を取る」

「今のシャルル様の体調では、テントは無理」

「ローマからの追手は、アッティラがほぼ抑える」

「問題は、個人とか少人数の暗殺者だが」

ハルドゥーンが難しい顔になる。


「うん、警護はしっかりと」

「それに、いまさら隠してもしかたがない」

「シャルルのご実家とハルドゥーンの名で、宿を抑えて」

「部屋の中では、私が命に代えてもシャルルを護る」

メリエムも厳しい顔である。


「その通りだな」

「その方が、真っ正直なシャルル様の考えに沿う」

「アッティラも、そのほうが行程の把握がしやすいだろう」

ハルドゥーンは、小細工はしないことに決めてしまった。

そして、メリエムには一言だけ付け加えた。


「あまり、責めすぎるな・・・」

「声も抑え気味に」

その言葉で、メリエムは耳まで真っ赤になっている。

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