第24話 リスクの兆し

「その後は、皆様も良くご存じでありましょう・・・」

「何の事後戦略も方針も無い暗殺者たちは、ローマ市民の支持を得られず、結局は自滅の道を選ぶ」

「また、その後のアントニウスにしても、クレオパトラの誘惑に負け、長年の努力と犠牲のうえに築き上げたローマを、譲り渡そうなどとする愚かさ」

「あの時代にアウグストゥス様がいなかったら、再びローマは混乱の地になる運命だったのです」


「アウグストゥス様の為された業績は、数えきれない」

「言うまでもなく、ローマの国防の安定。もちろんアグリッパ将軍の尽力があったにせよ・・・」

「元老院の対面を保つ・・すなわち原則的には共和制に戻す」

しかし、拡大したローマを、「当面」効率的に運営することは、共和制では時間がかかりすぎる」

「その折衷案として、「当面の間」、第1人者として、アウグストゥスの指導を・・・元老院自ら頼み込む形をとり・・・実現する」

「そして、これが、後の皇帝の始まりとなる」

「アウグストゥス様は、戦争技術そのものは、ほとんどない」

「お身体も、弱かったとのこと」

「また、人々をうならせるような雄弁術も、持ち合わせない」

「しかし、人々には圧倒的に支持された」

「そして、それはアウグストゥス様の目指す平和と安定という方向性が、ローマ市民だけではなく、ガリア族まで認められていることが理由」

「平和と安定が、繁栄にどれほど役立つのかを、丈夫ではないお身体を、酷使しながら、人々に教えこまれたのです」


シャルルの声は、細く途切れ途切れ。

しかし、市民は必至に聞き漏らさないように、静かに聞き入っている。

中には、涙を流している人も多い。

おそらく古き良きローマを想い、今崩れ落ちようとする現在のローマの有様を嘆いていることは、簡単に理解できた。


しばらく、話を続けた後、シャルルは再びアウグストゥスの廟に向き直り、祈り考え始めた。

アウグストゥスの話をしたところで、古き良き慣習を思い出させることぐらいしかできない。

このローマに本当の安心と幸福を与えるのは、豊かな生活を求めて、略奪と暴虐を繰り返す蛮族を止めることが第一になる。

そして、その第一を行えるのは、少なくとも、ハルドゥーンやアッティラ、アエティウスを押しのけて、シャルルの前に陣取っている着飾ったキリスト教団の人々とは、とても考えられなくなっている。


シャルルも、少なくとも、ミラノの修道院を出る前は、イエスの教えはかなり民衆に浸透していると信じていた。

しかし、フィレンツェの修道院で感じたことは、とてもそのような状態ではない。

皆、保身のために、国教として認められたものには、表面的にでも違反するわけにはいかない、そのための地域の有力者は「表向き」改宗を行っただけに過ぎない。


「少なくともアウグストゥス様は、イエスの教えを信じていたわけではない。しかし、ローマの民衆を安定と平和の方向に導いた」


「旅先で出会った人で喜ばれたのは、イエス様の言葉ではない」

「病む人には薬、腹を空かせた人には食物、路銀が底をついた人にはお金だった」

「生きていくのも不安な状態で・・イエス様の言葉どころではない」


「そもそも・・・イエス様の誕生日が・・・」

シャルルは、ハルドゥーンの言葉を思い出した。

ハルドゥーンはそれ以上を言わなかったが、彼の深い哀しみの眼が焼き付いている。

そして、ハルドゥーンの言葉の真意に気が付いた時、シャルルの心に雷が落ちたような衝撃が走った。



シャルルは、ミラノの修道院で物心つかない年齢の時から、福音書の講義を受けている。

そして、その福音書は、そもそも「絶対の真理である。」という講師の説明もあり、「疑わないこと、疑うことそのものが神に対する罪となる」と信じ成長した。

子供の頃はそれでも問題や疑問は、あまり感じなかった。

福音書をスラスラと読み、また暗記もすぐに出来た。

そのことに対する講師の称賛も、シャルルにとっては自信となった。

しかし、10歳ごろから講師の「絶対真理」という表現に疑念を感じ始めた。

「疑うことそのものが罪」という教えもあり、あえて講師に質問を行うことはなかったけれど。


「何故・・・イエス様の誕生日が12月25日なのか・・・」

「まずもって12月25日がイエス様の誕生日なんて記述は、福音書のどこにも書いてない。」

「イスラエルの荒野で・・とても馬小屋で子供を産むには寒すぎる」

「それなら・・・何故・・・12月25日がイエスの誕生日に」


シャルルの脳裏に、突然、別の神の名前が浮かび上がった。

「ミトラ・・・」


「ミトラの誕生日が12月25日だった」

ミラノの司教は、なぜかシャルルだけには、「押収」した異教の書物を読むことを許可した。

シャルルにとっても、司教の意図は未だにわからない。

ただ、司教は

「異教の本を読もうと関係ない、究極は絶対なる神に導かれる」

と語り、「押収」した書物の倉庫の鍵をシャルルに渡してくれた。



「ミトラは、キリスト教が広まる前まで、最もここローまで信じられていた神だった」

「そしてローマだけでなく、バビロニアのゾロアスター教では、救世主としてミトラの名前が出てくる・・・」

「・・・復活祭、イースター・・・」


「・・・ミトラの昇天日はイースターと同じ、春分である」


「そう、復活祭とミトラの昇天日が同じ日、イエスの誕生日とミトラの誕生日が同じ・・・しかも12月25日のイエス誕生説は信憑性に欠ける・・」

シャルルの肩が、小刻みに震えだしている。


「あっ・・・」

メリエムがシャルルのもとに走り寄った。


「ハルドゥーン!」

メリエムは、シャルルの肩をおさえ、ハルドゥーンの名を呼んだ。

ハルドゥーンやアッティラ、アエティウスもシャルルのもとに走り寄る。

シャルルを囲む群衆がざわつき始めている。


メリエム

「・・・熱が・・」

ハルドゥーン

「うん・・・やはり・・」

アッティラ

「無理がたたっている・・もともと体力のある男ではない・・」

メリエム

「どこか・・・医者は?」

アエティウス

「私の屋敷に・・・呼ぼう・・・医師もいる」

ハルドゥーン

「うん、助かる」


「急ごう!馬車の準備を!」

アッティラは、フン族の者たちに声をかける。

「早くしないと・・・顔色がかなり・・・」

メリエムは既に泣き出している。


「腕に力が無い」

ハルドゥーンは、首を横に振る。


「この人を救えないで・・・何が聖職者なの・・・」

遠巻きに見守ることしかできない豪華な衣装を身に着けたキリスト教団の幹部をメリエムは嘆く。


群衆の騒ぎは、益々大きくなっている。


「うっ・・・・・」

アエティウスが舌打ちをする。

アッティラ

「どうかしたのか?」


「阿呆めが・・・」

アエティウスの視線の先に元老院議員の集団、そして、その後ろには、輿に乗った男が見えている。

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