第22話 シャルルのローマ歩き
「まったく・・・状況を理解していない・・・」
メリエムも呆れ顔である。
あわてて、アエティウス、ハルドゥーン、アッティラがシャルルの周りを固める。
そして、ハルドゥーンの軍団、アッティラたちフン族も後に続く。
「これほどの人たちに警護される人は見たこともない・・・」
アエティウスは首を振る。
苦笑いさえ浮かべている。
しかし、その笑顔はすぐに不安に変わる。
「この、有様をヴァレンティウスが見たら・・・」
「あの嫉妬深い餓鬼のような男だ・・何を言い出すか、わかったものではない」
「何しろ、自分以上に人気がある人は、すぐに殺そうとする」
「この俺でさえ、幽閉されたこともあるのだから」
「やっと日の目を見た・・・それも、フン族相手に戦争をするためだけ・・・」
「しかし、いままで何度毒殺されそうになったか、数えきれない」
アエティウスの不安そうな顔は、すぐにハルドゥーンやアッティラが察知する。
ハルドゥーン
「大丈夫だ・・アエティウス。俺たちも眼を光らしている」
アッティラ
「わがフン族も人としての誇りにかけて、シャルルを護る」
アエティウスにとって、彼らの言葉は、骨身にしみて有難いものであった。
しかし、ここはローマである。
ローマでのシャルルの護衛の主導権は、あくまでもアエティウスの役目である。
ハルドゥーンやアッティラが目立ってはいけない・・それはアエティウス自身の失脚のリスクにもなりかねない。
単なる戦闘力、護衛力はハルドゥーンやアッティラが優れているし、信頼がおける。
しかし、ここは軍事だけの都ではない。
権謀術数、政治の首都でもあるのだ。
アエティウスの不安としだいに募る焦燥感をよそに、シャルルの集団を取り巻く群衆は膨れ上がっている。
シャルルは、自らを取り巻く群衆など、全く興味が無いかのように、その歩みを進めた。
インスラと呼ばれる集合住宅や様々な商店が立ち並んでいるが、それには全く興味を示さない。
また、ローマならではの巨大な建造物にも見向きもしない。
マルケッルス劇場、ネロの建設した浴場や橋などは、今でも残っている。
競技場や劇場、寺院、公共建築、サーカス、ポルチコ、浴場、記念碑、円柱、オベリスクなど、普通の観光客なら、必ず足を止めるであろうが・・・
ついに、カンプス・マルティウスと呼ばれる地域の北部に達した。
「ほぉっ・・・ここか・・・」
シャルルがようやく立ち止まった所は、巨大なアウグストゥス皇帝廟である。
何しろ高さが42メートル、直径が90メートルもある。
ハルドゥーン
「やはり、アウグストゥスですか?」
シャルルは、ハルドゥーンの声には耳を傾けない。
巨大なアウグストゥス廟を見つめているだけになる。
「シャルル・・アウグストゥスがどうかしたの?」
身動き一つせず、立ち尽くすシャルルを見かねて、メリエムが声をかけた。
群衆のざわめきも、大きくなってきている。
「アウグストゥス様・・・」
突然、シャルルが言葉を発した。
小さな柔らかい声。
しかし、その声は廟の壁に反響でもしたのか、周囲に届いている。
「アウグストゥス・・・」
アエティウスの顔も真剣になる。
ローマ人にとって、カエサルと並ぶ最重要人物である。
ローマ帝国初代皇帝として、安定と繁栄の礎を、入念に築き上げた人物。
しかし、シャルルが何故、アウグストゥスに異常なまでの関心を寄せているのかは、アエティウスには理解できない。
「シャルル様と道中、よくアウグストゥス様の話題になった」
「カエサル様以上に、興味を感じるものがあるらしい」
「おそらく、シャルル様はアウグストゥス様に逢いにローマに来たのだろう・・・」ハルドゥーンは、簡単に説明をする。
「うむ・・・」
アエティウスのシャルルを見る表情が変わった。
「単なる金持ちの倅ではないのか・・・あれほどまでにアウグストゥスのことを・・・」
アエティウスは、既にその膝を折り泣き出してしまったシャルルをじっと見つめる。
アッティラ
「当たり前だろう・・・そんな男であるならば、単なる金持ちのボンボンなら我々も警護などはしない。ハルドゥーンも同じことだ・・・」
「シャルル様は、やがてこちらを向く」
「その時に、何をするのか、何を話すのかだ」
ハルドゥーンの言葉にアエティウスとアッティラが頷いた。
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