第7話 シャルルとハルドゥーンの出会い

「私たちの集団が、エフェソスの街を出たのは、10年前」

「今は、さるお方として・・・お名前を明らかにすることはできないが・・・その人のご依頼をうけてのことであった」


ハルドゥーンの顔が引き締まる。


「まあ・・・ジプシーにもいろんなタイプがある」

「単に商売をし、芸を売り、街から街へ移動するタイプ」

「あなた方の蔑みの一因となる、半分盗賊集団のタイプ」

「話し出すとキリがないが」

「私どものように、ある目的のために、依頼を受けて旅をするタイプもあるということを理解してもらいたい」


司教の眼は、ハルドゥーンの表情や、言葉ひとつひとつに集中している。


「しかし、旅をすることにおいては、同様である」

「あなた方から見れば、ジプシー等、どれも同じ」

「街道の様々な場所や、街の中でも、様々な侮蔑や石を投げられるなど、日常茶飯事のことだ」

「イエスは、寛容を教えたはずなのに・・・いや、イエス以前にも寛容はローマ人の美徳であったのに」

「そして、私たちジプシーのものたちにだけではない。道端に倒れている人たちにも、何ら労わることもしない」

「窃盗や、強盗、あるいは殺人まで、あらゆる犯罪がはびこっている・・・そんな街だらけだ」

「しかも同じローマ人同士で、あの規律正しいローマはどこにいったのか」

「少なくとも、コンスタンティノープルでは、これほどではない」

「これほどの酷い状況は、ターラントの港に着き、ローマを目指して歩き出したころからなのだ」

ハルドゥーンの嘆きは深い。


宴席に連なるもの全員が、ハルドゥーンの話に引き込まれている。


「途中で立ち寄ったポテンツァ、ナポリ・・・そして、あのローマでさえ、状況は変わらない」

「イエスを信じる聖職者でさえ、同じ」

「ターラントから、フィレンツェまでの道中、イエスを信じる『聖職者』が、弱き者たちに、施しを与えている姿など、見たことが無い」

「その反面、軍隊や、一握りの裕福な者たちには、媚を売る」

「聖職者と言う人種は、わが身の安全と、金集めしか興味が無いのだろう」

「フィレンツェでもそうであったがなあ・・・」

ハルドゥーンは、鋭い目つきで司教を見据えた。


司教の身体は、ブルブルと震え、顔色も蒼い。


「私を含め、集団は絶望の中、ミラノへと旅をしていた」

「あの『聖職者』の多いローマでさえ、絶望したのだ」

「フィレンツェでも、同じ・・・」

「ミラノにもお目当てはないのかもしれないなあと・・・」


「お目当て・・・とは?」

隣で話を聞いていたシャルルが不思議そうに、尋ねる。


「ふっ・・・」

ハルドゥーンの眼が大きく開かれた。

ハルドゥーンはシャルルに耳元で、何かをささやいている。

とても、驚くべき事なのか。

シャルルの表情が、一転して厳しくなる。

口を一文字に結んでいる。


「まあまあ・・・これは、シャルル様と私たちだけの・・まあ今後を含めての話だ」

ハルドゥーンは不思議そうに見ている宴席の眼をかわし、特にそれ以上のコメントはなく話を続けた。


「ところが・・ミラノの街に近づいたところ、このシャルル様とで出会ったのだ」

「最初、見た時は、青白い顔で身体も華奢」

「まだまだ子供のような顔・・美形ではあるけれど」

「シャルル様は、街道で行き倒れになった女性に祈りを捧げていた」

「涙まで流してなあ・・・」

ハルドゥーンの眼がやさしくなった。


「ローマ帝国の秩序が保たれていた時代では、行き倒れになった人は、懇ろに墓地に埋葬された」

「それも市民達が自発的に」

「しかし、シャルル様のお姿を見るまで、そんなことは見たことが無い」

「行き倒れは行き倒れのまま、野犬の餌」

「街道を行きかう人も見て見ぬふり」

「見るに見かねて、我々が埋葬する・・・その行為に対しても侮蔑の表情をあからさまにする者も多かった」

「・・・これが・・イエスの教えなのか・・・『聖職者』は何を教えているのか・・・」

ハルドゥーンの表情は、一転して嘆き、怒りに変わる。


司教は、ハルドゥーンの厳しい言葉に、震えと涙が止まらない。


「シャルル様の為されていた行為は、嘆きと哀しさに満ち溢れた旅を続けていた我々にとって、まさしく光り輝く神の行為に見えた」

「あの華奢な身体で、懸命に穴を掘り、行き倒れになった人を、埋めようとなされていた」

「涙を流しながら・・ブツブツと神に祈り・・・」

「もう、見てはいられなかった」

「どうしても、シャルル様の手助けをしたくなってしまった」


「しかし、心配なこともあった」

「我々ジプシーの手助けをシャルル様が拒否されることもあるのではと・・・」

「もし・・そうであるのなら・・・我々の集団はまた嘆きの旅を続けねばならないのだから・・・」

「声をかけたくても、ためらいがあった」

ハルドゥーンはシャルルの顔を、見る。

シャルルは、柔らかい笑みでハルドゥーンの顔を見ている。


「何の心配もいらなかった」

「シャルル様から声がかかった、やさしいお声で」

「出来ましたら、お手伝いをと・・・」

「もし、何かお香があれば、この亡くなられたお方に捧げてくださいと」


「手伝わせてください・・・」

このハルドゥーンよりも早く、ジプシーの若者たちが、シャルル様の前に立った。

シャルル様は、その若者たち一人ひとりを、抱きしめた。

そして、若者たちだけではなく、我々全員を満面の笑みでお迎えになった」

ハルドゥーンの大きな眼から、涙があふれ出している。

「その瞬間、私と私の集団の意思は決定した」

「何が何でも、シャルル様を、お護りすると・・・」



「ハルドゥーン、今までも度々お話しましたが、私は、ただ当たり前のことをしただけです」

涙が零れ落ちるのを、拭こうともしないハルドゥーンを、横目に見ながら、シャルルは恥ずかしそうに応える。

「聖職者も、ジプシーもありません」

「ただ、一人の人として、哀しいかな行き倒れになられたお方に、できる限りの誠意を示したかった」

「私より他の方が、どのようになさるのか、それはわかりません」


ハルドゥーンが再び話し出す。

「私にとって、そして私の集団にとって・・シャルル様の行為や、考え方は、それまでの嘆きの旅の苦しさを救い、希望の光と喜びを与えるものだった」

「これこそ、その希望の光を護ることが神のご意志と感じてしまったのだ」


シャルルは、ゆっくりと宴席に向かい、語りかける。

「健康な者には、医者はいらない」

「つまり、弱っている者、苦しんでいる者にこそ、神の救いが与えられなければなりません」

「薬草の知識も、実家から渡されたお金も、神のご意志で与えられたものだと思っています」

「私は、ただ出来うる限りのことを行っただけなのです」

「特別なことは、行っておりません」

「私にとって・・望むとすれば」

「今、ここで私の拙い言葉を聞いておられる皆様が、出来うる限り・・弱っている者、苦しんでいる者に、そのお力で、救いの手を差し伸べていただけたらと・・・」

「どんな方法でもかまいません」

「慈悲の心と行動を・・・」

シャルルの顔は、星の光に照らされ、輝いて見えた。


宴席の全員が、半ばうっとりとしてシャルルを見つめていた。

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