シャルルの遍歴と神

舞夢

第1話 旅立ち

 シャルルは、幼いころから慣れ親しんだミラノの修道院を出て、遍歴の旅に出ることにした。

既に修道院内では、その博識と教義解釈、弁舌の巧みさでは、彼より優れた者はおらず、将来はローマ教皇庁でも、かなりな地位になると嘱望されていた。

そして、シャルルの実家は、ミラノの経済界でも、トップクラスに位置するほど富裕であり、修道院やローマ教皇庁にも、数世代にわたり、夥しい献金を行っていた。

修道院長を含め彼の周囲の者全員は、遍歴の旅の途中での彼の災難を不安視した。

昨今のあらゆる街道には、野盗の群れも多い。

その上、各都市で流行病が猛威をふるっている。

ここ、ミラノとて例外ではない。

修道院を出て、一般市民の暮らす街区に行けば危険極まりない。

夜盗の手にかかる、あるいは流行病で命を落とす等は日常茶飯事のことなのである。

彼の周囲の者全員にとって、彼の命および才能の損失及び、それに伴う彼の実家からの献金の縮小は、ミラノの修道院のみならずミラノの都市そのものの将来に対する不安につながるからである。


 しかし、シャルルは周囲の声に全く耳を傾けなかった。

従者すら拒否した。

「今まで、信じてきた神が、私とともにおられるのなら、必ずお守りくださる」

「私は、全てを、神に委ねる」

若者にありがちな、短慮からの高揚感も感じられない。

シャルルは、静かに青空に向かい十字を切り、南に向かい歩き出した。


 シャルルはミラノから南に、フィレンツェに向かい歩き続けた。

距離で言えば、ミラノから300キロ。

フィレンツェからローマまでも300キロであり、フィレンツェで「何か」を得た後は、ローマを目指すことを、決めていた。

しかし、その「何か」については、シャルル自身が、そう思うだけで具体的に表現することはできない。

いつか、「神の啓示」でも、あるだろうと思う程度である。


 心配された道中での野盗の襲撃にも遭わなかったが、ジプシーの集団には、度々遭遇した。

シャルルにとっては、初めてみる人々である。

その服装や奏でる音楽、ものの考え方は、シャルルにとって、かなり興味をひくものであった。

ほどなくして、一人のジプシー集団の長と仲良くなり、フィレンツェまでに同行することになった。

シャルルはキリスト教つまり独特の一神教に凝り固まった他者への差別意識はない。

むしろ、今まで見たこともなかったような人々との話に心が躍った。

そういったシャルルのこだわりのない柔らかな考え方と、ジプシーの長をはじめとする集団と、不思議に「うま」があったのだと思う。


 1日の行程を約30キロ前後とし、脚が疲れた時点で、その地の教会や修道院を宿とした。

ミラノの修道院長が是非にと渡した紹介状が、役に立った。

どの教会でも修道院でも、その紹介状を見るなり、満面の笑みを浮かべて、シャルルを迎え入れたのである。

そして、シャルルと話し込むにつれ、その博識や教義解釈は、好感を持たれ、充実した人間関係を各地で築くことになった。

もちろん、ジプシーの集団は教会や修道院には入らない。

しかし、朝になり出立する時には、いつのまにかジプシーの集団が、シャルルを取り囲み、いや護るかのように、フィレンツェへの道を進むのであった。

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