第2話ハルドゥーンの集団そしてメリエムとの出会い
ミラノの修道院を出て、すでに1週間が過ぎている。
最初の目的地フィレンツェには、あと3日で到達の予定となった。
シャルルは、今まで立ち寄った各都市の、教会や修道院の宗教者と、良好な、そして将来希望が持てる関係を築いたことは、本人自身も自覚している。
それは、各地の宗教者からシャルルに託されるローマ教皇へのメッセージの多さが、否応なしに彼らの期待の大きさと、シャルルの自覚を促すからである。
「北イタリアの星といったところですかな・・」
親しくなったジプシー集団の長ハルドゥーンがシャルルの肩をたたく。
「そんなものでしょうか、私にはよくわかりません。」
「私は、神の声を直接お聞きしたくて、旅を始めたのですから・・」
シャルルは、屈託のない笑顔をハルドゥーンに向ける。
「いやいや、この物騒な人の心も荒れ果てた世界を旅する私でさえ、シャルル様の、ひとつひとつの言葉や行いが輝いて見える。」
「不思議に、離れたくなくなっているのが本当のところです。」
「ほら、我らが仲間をご覧ください」
「みな、シャルル様を見て、微笑んでいます。」
ハルドゥーンは、両手を広げ、ジプシーの一家全員に合図をする。
総勢で、70人から80人といったところであろうか・・
ジプシーの集団の中でも、かなり大きな集団である。
一斉に拍手、そしていきなり音楽と踊りが始まった。
「この音楽と踊りは、大好きです」
「教えていただけませんか?」
シャルルは、いきなりハルドゥーンに切り出した。
「おやおや・・・」
ハルドゥーンは、意外な言葉に肩をすくめる。
「しかし、それも旅の一興・・」
ハルドゥーンは、シャルルにウィンクをする。
「メリエム!]
そして、ハルドゥーンは、一人の女性の名前を大声で呼んでいる。
メリエムは、年齢で言えば17歳から18歳。
シャルルからすれば、2歳から3歳年下といったところか。
シャルルの前に、その愛らしい顔に満面の笑みを湛えて、立っている。
浅黒い肌をしたジプシーの集団の中にいるが、肌は白く眼は蒼い。
髪もブロンドである。
集団の中でも、少し異質な感じがする。
「メリエムの両親については、いずれお話をしましょう・・」
ハルドゥーンは、一瞬暗い顔をしたが、すぐに柔和な普段の表情に戻った。
「さあ、シャルル様に、踊りか音楽か、教えてあげておくれ」
ハルドゥーンがメリエムに促すと、メリエムはシャルルの腕を取り、踊りの輪の中に入っていく。
ジプシーの集団全員から、一斉に拍手が湧き上がる。
「大丈夫、まずは私の足の動きをよく見て・・
覚えたら、同じようにね・・」
メリエムは、シャルルを見つめ、踊りだす。
シャルルも言われた通りに、メリエムの足の動きを見つめる。
動きを覚えるには、ほとんど時間がかからなかった。
ジプシーの音楽と手拍子に合わせて、いつのまにかシャルルも踊りだしている。
シャルルとメリエムは、踊りの中心にいた。
ジプシーの集団全員が踊りと音楽に参加している。
「覚えるの はやいねえ!」
メリエムは、嬉しそうである。
「うん、かなり面白いよ・・こんなの初めてだ」
シャルルの額から、汗が滴っている。
子供のころから暮らした修道院では、多少の運動や農作業の時間はあったものの、ほとんどが聖書を読み教師について勉強するだけの生活であった。
そのような生活で育ったシャルルにとって、踊りの中で、面白みを感じるなど、初めてのことである。
踊りと音楽が終わり、まだ息が荒いシャルルの隣にメリエムが座る。
「はい・・お疲れ様!」
メリエムは、ワインと何かを混ぜたような赤い色をしたお酒をシャルルに差し出した。
「うん、ありがとう」
シャルルは、喉の渇きもあり、ひと息で飲み干してしまう。
「クスッ」
メリエムは、嬉しそうに笑う。
そして、シャルルの汗ばんだ胸に顔を埋めてしまう。
「こんなことすると・・あなたの神に怒られちゃうのかな・・」
メリエムはシャルルの顔を見上げて、悪戯っぽく笑った。
「そうかな・・その神の怒りって何だろうね・・」
しかし、シャルルの答えは意外なものであった。
「神が怒るとすれば、とっくにこの私を滅ぼしていると思うよ」
「踊りに加わった時か、メリエムを愛おしく抱いている今とか・・」
「少なくとも、私の主なる神・・逢ったことはないけれど・・逆に喜んでくれているか・・・あるいは・・何も関心がないのか・・」
「何しろ、超越したお方なのさ。」
メリエムには、シャルルの言葉の深い意味は理解できない。
ただ、シャルルの暖かい胸に抱かれている、そのことが、この上なく幸せなのである。
シャルルは、メリエムの髪の毛をやさしく撫で続けた。
しかし、ジプシーと一般の人が抱き合うだけでも、通常では考えられないことである。
そのうえ、シャルルは今後聖職者として、「将来を期待、嘱望される人」である。
メリエムとしては、悪戯っぽく笑うことぐらいが、自分の精一杯のシャルルに対する気持ちなのである。
一緒に踊った日から、シャルルは修道院や教会に宿を求めることはなくなった。 夜はジプシーのテントでメリエムと抱き合って眠りにつくようになった。
そして、ついにフィレンツェには明日の昼に到着する距離となった。
メリエムは朝から、本当に思いつめた表情を続けていた。
そして我慢しきれず、かつてないほど、震える声でシャルルに迫った。
「私は、神様はどうでもいいの・・あなたが私の神様、ご主人様になってくれるのが、一番うれしいの・・」
「奴隷でも使用人でもいいから・・」
「フィレンツェまでなんて・・・嫌だ・・」
メリエムはシャルルの胸を、ドンドンとたたき、ついには泣き出してしまった。
「メリエム・・」
言葉はいらなかった。
メリエムの涙と熱い身体が、シャルルの心の奥の何かを溶かし始めていた。
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