恋の定律
オーロラ・ブレインバレー
第1話:恋の配達人
「好きです!」
西野イオリは潤んだ目で、学校一の秀才に思いを伝えた。
「ゴメン、無理」
秀才は、肩をすくめてイオリの脇をスッと歩き去ってしまった。
風が吹く。冷たい秋風だった。
「なんでだろう! なんでだろう!?」
ひとり残されたイオリは、その場に座り込んだ。
体育館の裏の誰もいない放課後。
ちょっと地味めな秀才にはウケる最高のシチュエーションではないのか?
清純さを出すために髪の毛の色も黒に戻したし、プリーツの丈も少し長くした。話しかけるときも爽やかに笑顔を作ったのに!
イオリは、途方に暮れて落ち行く夕日を見上げた。
「まとめサイトなんてウソじゃん」
信じた自分がバカだった。
イオリは、秀才をモノにするチャンスを逃してしまったことを心底悔しんだ。
これまでイオリは、学校内外でイイオトコを見つけては、それに合わせて攻略法を考え実践してきた。しかし、どれも玉砕。ちょっと引っかかって、「友達から」の一言さえもらえなかったのである。
「このままひとり身で死んだらどうしよう」
高校1年で恋人ができなかったとしても死ぬことはない。しかし、周りが軽々と恋愛しているのに、どうして自分だけができないのか、納得がいかなかったのである。
考えても、考えても、うまくいかない理由は見えてこなかった。恋愛したことない男子なら、告白されて嬉しいんじゃないの? 上から目線の考えだと自認していても、男子の気持ちがわからなかった。
そして、納得行かない現実から、どんどん怒りの感情が溢れてきて、イオリは近くの木を思いっきり蹴りつけた。
ガシッ!
その瞬間、枝をかき分け黒い影が落ちてくる。
黒い影は、ドーンと、派手な音を立てて地面に大きく広がった。
「な、なに!?」
カブトムシやクワガタとは比較にならないそれに、イオリは慌てふためき地面を後ずさった。
「イタタタ、せっかく木の上で休んでいたのに……、何事ですか?」
それはもぞもぞと動きながら、すっと身体を起こした。
「え、人?」
イオリは恐る恐る、顔を覗かせる。
それは、たしかに人のような姿形をしていた。まだ秋なのに、真っ黒なコートを羽織り、しかも前をしっかりと止めていて、顔には薄気味悪い天狗の面をかぶっている。
明らかに、変質者だ。
警察に突き出すべきだと、イオリはすぐにスマホを取り出した。
「110番て、そのままかけてもいいの?」
慌てながらダイヤルを入力していると、その天狗のお面を被った人物はぐいっとイオリに詰め寄り、スマホを取り上げてしまった。あまりにも俊敏な動作で、イオリが抵抗する余地はなかった。
目の前に天狗のお面が突きつけられ、イオリは恐怖で悲鳴すらあげれなかった。
「ノン、ノン、ノン~。警察に連絡されても、私は捕まえられませんよ。何と言っても私は恋の妖精なのですから」
「こ、恋の妖精……?」
変質者の間違いだろう!
イオリは口に出せなかったが、心の中で強く否定した。
「そう。ワタシは恋の妖精。恋に迷える若人に、恋の成功を手ほどきする――恋の配達人・で・す♪」
イオリは、言葉を失った。
反論、否定よりも、恐怖が勝っていたのである。
「ズバリ、あなた――西野イオリくんは……」
「どうしてアタシの名前を!!!?」
「恋に悩んでますね!!」
ズバリ言い当ててきたが、イオリはすぐそのカラクリに気づいた。
と同時にあまりの恥ずかしさから、彼女は大声で言い返していた。
「アタシが振られるところ見てたから、知ってるんでしょ! 恋の配達人だなんてごまかして、学校に不法侵入したくせに、スマホ返しなさいよ。警察に突き出してやるんだから!!」
「おやおや、まだ信じてない?」
「ふざけてないでスマホ返しなさい。今なら、情状酌量の余地があるけど、3秒以内に返さないと窃盗罪も上乗せするわよ!」
勢いづいたイオリは、逆に天狗のお面を剥がしに掛かった。
恋の配達人は、ふわりと宙返りしてイオリの手を交わすと、何もない空中にピタリと静止した。
その挙動に、さすがのイオリも目を丸くした。
「え、ウソ? 手品?」
仕掛けなどどこにも見えない。
「信じてもらえたかな?」
恋の配達人は、満足げに言った。
「ワタシは恋の~、配達人♪ 君の恋の間違いを、これから正していこう~♪」
「間違いって、何を間違えたっていうの!? ちゃんと調べて、間違えないように完璧にやったのに!」
「君の完璧は、完璧ではない。君が見た教科書は、さて、恋を正確に科学した結果生み出された公式かな? インターネットに掲載されているテクニックは、きちんと統計を取って調べられたものなのか? もし、記者の主観のみで書かれていたら? 記者の身の回りのことだけで、それらしく書かれていたら? 間違えないように完璧に実践したといえるのかな?」
恋の配達人は、イオリにいくつも質問を突きつけた。
イオリはそのどれにも明確な答えを出せなかった。
「西野イオリくん、知りたくはないかね?」
恋の配達人は、静かに地面に着地した。
「恋を成功させる秘訣を?」
そしてゆっくりと、イオリに手を差し伸べる。
イオリは、催眠にかけられたように恋の配達人に一歩、一歩と近づいた。
差し出された恋の配達人の手を取ろうとしたとき、背後から声がかけられた。
「イオリ!」
振り返ると、同じクラスの北原シズカが顔を青ざめさせて立っていた。
イオリは我に返り、恋の配達人の不気味な天狗面を一瞥しつつ、逃げるように駆け出していた。
「警察呼ぶ!?」
「いい、行こう!」
シズカは、走ってくるイオリの手を取った。そのままふたりは手を繋いで、体育館裏から走って遠ざかる。
イオリが振り返ると、恋の配達人の姿はどこにも見えなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます