王様と従者
「女の子の手って柔らかいんだな……」
寝台に寝そべり、カットはうっとりと言葉を紡ぐ。
「もうさ、どんだけお子様レベルなんですかあなたたちの恋愛……。聴いてるこっちがこっぱずかしくなりますよ……」
寝台の縁に座るレヴが辛辣な言葉を返してくる。カットははぁっと猫耳をたらし、枕に顔を埋めた。
「仕方ないだろう……。小さい頃のフィナで恋愛経験は止まってるんだ……。その……今はフィナといるだけで……なんていうか」
ふっと額が熱を帯びる。
フィナの唇の感触を思い出し、カットは猫耳の毛を膨らませていた。頬
が熱くなり、心臓が苦しいほどに鼓動を高める。
「恋って、苦しいんだな……レヴ」
ぽつりと、カットは言葉を漏らしていた。レヴを見つめると、彼は寂しげな笑みを眼に浮かべ、カットの猫耳をなでてくる。
「フィナちゃんとの恋が叶ったら、この猫耳も消えちゃうんですかねぇ」
「えっ……」
レヴの意外な言葉に、カットは眼を見開いていた。物心ついたときから一緒に過ごしてき猫耳がなくなるなんて、考えもしなかったのだ。
たしかに、この猫耳のせいでカットが極度な人見知りだったことは事実だ。
ティーゲルに強要され付き合った女性たちとだって、ロクに手も繋がず別れた。
彼女たちが、カットの帽子の秘密を知りたがるから。帽子の秘密を知っている女性もいたが、カットの猫耳を見ただけで嫌そうな顔をした。
恐らく、自分が王位継承者として相応しくないと思われたのだろう。魔女の血を引き継ぎながら、呪いに負ける王が国を治められるとはカットも到底思えない。
だから、ティーゲルが自分に王位を譲ると言い出したときは心底仰天した。てっきり、彼は近隣諸国の親戚たちから王位継承者を選ぶとばかり思っていたのだ。
ティーゲルはカットを王位継承者として育ててきた。それにも関わらず、カットはそんな父の想いを信じることができなかったのだ。
父はいつもカットに言っていた。
猫耳など関係ない。お前は立派な私の子だと。
第1王位継承者、カット・ノルジャン・ハールファグルだと。
「お前と父上だけだ。この猫耳を嫌がらなかったのは……」
猫耳をなでるレヴの手を握りしめ、カットは笑ってみせる。すっとレヴが頬を赤らめ、カットの手を強く握りしめた。
「レヴ……」
「そりゃ、俺の初恋は陛下ですから……」
「えっ!?」
レヴの放った言葉に、カットは声をあげる。レヴは恥ずかしそうにカットから視線を離した。
「初めて会ったときは女の子だと思ってたんですよ。陛下って王妃様に似て女顔だし、小さいころは見た目がまんま美少女だったし……。ほんと驚きました。猫耳生やした女の子が、死にかけてた俺を雪の中から引きずり出してくれたんですから……。フレイヤさまが、生きる価値のない俺を拾ってくださったのかと思った……」
レヴの顔に、笑みが刻まれる。その笑みがどことなく寂しそうで、カットは彼と出会ったときのことを思い出していた。
ヴィッツが亡くなってから、カットは毎日のように母親の墓参りにやってきていた。城を抜け出すカットをティーゲルは必死になって探したものだ。
だがカットの居場所がわかると、ティーゲルは息子が城を抜け出すのを黙認するようになる。
あとでティーゲルに聴いた話だが、彼は密かにカットの護衛を教会の関係者に紛れ込ませていたのだという。
父はきっと、母親を失ったばかりのカットを思い墓参りを黙認していたのだ。そんな父の思いも知らず、カットは墓標の前でいつも泣いていた。
フィナに会いたいという思いもあった。
ここにいれば、自分を嫌いと言った彼女にまた会える気がしたのだ。
でも、春が終わって長い冬がやって来ても、フィナが教会にやって来ることはなかった。
そんなとき、レヴを拾ったのだ。
雪の中に埋まっていたレヴを見つけたときには本当に驚いた。ゴミだと思っていたものが、レヴだったのだから。
カットは、必死になって雪を掘り起こしレヴを救い出した。
幼くして親とはぐれてしまった彼は、たった1人で生きていたのだ。
生き延びるために何でもやったとレヴは言った。
盗みも、人を騙すこともすらもレヴはしたという。
本人は語らないが、もっと辛い経験をレヴはしているかもしれない――
「本当にお前には、色んなことを教わった。城しか知らない俺に王都の友達を紹介してくれたり、危険な遊びを教えてくれたり……。2人で城を飛び出して、王都で浮浪児になったこともあったけ」
「陛下がティーゲルさまを恋しくなって、3日でリアイアしましたけどね」
「本当、父上とつまらないことで喧嘩して、腹いせで城を出て行ったのに、あの幕切れは今思い出しても恥ずかしいよ……」
レヴの言葉に、カットは苦笑いを浮かべていた。そして、レヴを見つめる。
翠色の眼が優しくカットを映し出している。いつもレヴはこの優しい眼差しで自分を見守ってくれていた。
どんな話にもレヴは耳を傾け、カットの言うことを聞いてくれた。
「あなたが俺を人にしてくれた。命を助けてくれた。他人を信じることを教えてくれた。文字も、教養も、そして家族もあなたがすべて与えてくれた……。あなたが俺を作ったんです、陛下」
レヴが両手でカットの手を包み込むように持つ。カットの手に顔を近づけ、彼は言葉を続けた。
「でもね、陛下……。俺はあなたに何も返すことが出来ていない。あなたがくれた家族とも上手くやっていけない……。義父は言いました。お前も私の息子だ。どうか義兄のように結婚して、私を安心させてくれと……。俺、これでも可愛い許嫁もいるんです。その子と結婚しろって義父に笑顔で言われたとき、頭の中が真っ白になりました……。その子のことは良い子だって思ってます……。でも、俺はその子に恋はしてない……」
レヴは顔をあげ、なおも言葉を続けた。
「だから、陛下を誘拐しました。結婚しろって言われたとき、陛下に無性に会いたくなったんです。それに、義父がティーゲル様と話しているのを聞いてしまって……。俺の代わりに、陛下の結婚相手になる女を護衛にするとかぬかしやがるんですよ……。もう、結婚とか俺を我が子みたく可愛がってくれた義父への恩義とか、どうでもよくなりました。
陛下に俺と同じ思いをさせたくなくて……。ううん、陛下を誰にも渡したくなかったんです。陛下と一緒にいられれば、それでいいって思えてきて……。だから、陛下とフィナちゃんにあんなこと……」
レヴの言葉が途切れる。彼は俯き、両手で握りしめるカットの手を強く引き寄せえた。
「レヴ……」
そんなレヴにカットは優しく声をかける。それでもレヴは顔をあげない。
「レヴっ」
苛立ちを含んだ声でレヴを呼ぶ。レヴはゆっくりと顔をあげ、怯えた眼をカットに向けてきた。そんなレヴの額にカットはそっと唇を落とす。
唇を離すと、眼を見開くレヴの顔が視界いっぱいに広がった。
「陛下……」
「大好きだよ、レヴ。お前がいたから、俺はこうしてここにいられる。たぶん結婚相手がフィナじゃなきゃ、俺は喜んでお前について行ったよ……」
微笑んでレヴに言葉を返す。レヴはそっと額に手を当て、苦笑してみせた。
「陛下……いい加減、天然ジゴロ治しません?」
「だから、その天然ジゴロって何なんだ……?」
「フィナちゃん本当に苦労するだろうなぁ……」
カットの言葉に、レヴは乾いた笑い声をあがる。何だか馬鹿にされたような気がして、カットは猫耳をビンッとたてていた。
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