猫耳王は恋を頑張る

王様の悩み

「フィナちゃんの気持ちが知りたいから、デートの指南をしてくれっ?」

 レヴが机から身を乗り出し、カットの顔を覗き込んでくる。

「近いよ……レヴ……。それに、デートじゃなくて一緒に出かけるだけだ。その、フィナともっと分かり合えたらいいと思って……」

「それって、思いっきりデートじゃないですか……」

 カットはレヴの顔を手で押しやり、苦笑いをしてみせる。レヴは納得いかなげな様子でカットから離れていった。

「その……フィナは、本当に俺との結婚を望んでいるのかな?」

 レヴから眼を逸らし、カットは疑問を口にする。レヴは盛大にため息をついて、机の向こうにある椅子に腰かけた。

「まぁ、フィナちゃんとの関係はお友達から始めるとか言ってましたよね。それに……」

「フィナを政治の道具にはしたくない……」

 眼を鋭く細め、カットは言葉を吐き出していた。

 フィナに問いつめたところ、案の定夜這いをけしかけたのはティーゲルだった。

「夜這いかけられたのに指一本触れず、野外デートに連れ出して仲良し宣言をした仲ですもんね。ほんと、妬けちゃいますよ……」

 足をだらしなく組み、レヴはカットに苦笑してみせた。カットもつられて顔に苦笑を浮かべる。

「父上は、何としてもフィナを俺の妻にするつもりだ。」

 思いのほか硬い声が口から出てきて、カットは内心驚いた。側にいるレヴもそうらしく、眼を見開いてカットを見つめている。

 フィナの怯えた顔を思い出す。

 自分に押し倒された彼女の嫌がりようは尋常ではなかった。とてもではないが自分との結婚を望んでいるとは思えない。

はぁっとレヴのため息が聞こえる。

「どうした、レヴ?」

 何か言いたげな彼に、カットは声をかけていた。

「はっきり言います。子供ですか? あなた……」

「えっ?」

 突然、レヴが口を開く。カットは思わず声をあげていた。

「フィナちゃんの気持ちを踏みにじったようなもんですよ、それ……。彼女、嫌なのに我慢して身を捧げてきたんでしょ……。それをお友達から始めましょうって……。ちょっと、俺の恋愛観だとありえないです」

 レヴの冷たい言葉に、カットは猫耳を硬直させていた。

「だってその……」 

 へにゃりと猫耳をたらし、カットはもじもじと付き合わせた指を動かし始めた。

「分からないんだ……」

「はいっ?」

「人を好きになるのがどういうものか、分からなくて……」

「はいっ!?」

「それに、フィナは凄く震えてたし……。そんなの可哀想じゃないか……」

 猫耳を恥ずかしげにもじもじと動かし、カットはレヴから顔を逸らす。昨夜のことを思い出して、カットの顔は熱くなっていた。 

 震えていたフィナの体は、柔らかく甘い香りがした。まるでブルーベリーの花のように。

「その、フィナは、フィナの気持ちを考えてあげないと……。フィナはどうしたいのかな? それに俺に呪いをかけたからって、その責任をとって結婚て……」

 がばりと両手で顔を覆い、カットは俯く。

「やっぱり、俺に結婚はまだ早い……」

「そんなんでよく国王勤められますね、あなた……」

 レヴの呆れ声が猫耳にとどく。カットは猫耳の毛を逆立て、レヴに叫んでいた。

「仕方ないだろっ! 初恋からずっと恋愛経験は止まってるんだよ! この猫耳のせいで!!」

「へぇ、そんなにフィナちゃんのこと好きなんですか、陛下……」

 翠色の眼を細め、レヴが嫌らしい微笑みを浮かべてている。そんなレヴの反応を見て、カットはアイスブルーの眼を見開いていた。

「フィナのことが、好き?」

「え、初恋フィナちゃんなんでしょ? 会ってから、ずっと気になってたんでしょ? 忘れられなかったんでしょ? それって、今でもフィナちゃんのことが好きってことじゃないんですか?」

 カットに呆れた表情を送り、レヴは顔を逸らしてくる。レヴは腕を組み、深くため息をついてみせた。

「俺が、フィナのこと……」

 カットの脳裏に幼い頃の想い出が蘇っていた。

 額に柔らかな感触が走る。自分の額にキスをしてくれたフィナのことを思い出し、鼓動が高鳴っていた。

 そして、成長したフィナの姿を思い出す。

 軍服にきっちりと身を固めた彼女は、見惚れるほどに凛としていた。

 でも、アップルを抱きしめていたフィナの姿は、幼い頃の彼女そのままで――

 かっと頬が熱くなる。カットはがばりと両手で顔を覆い、呻き声をあげていた。

「重症ですねぇ、陛下」

 嬉しげなレヴの声が恨めしい。ちらりと指の間から彼を見つめる。案の定レヴは意地の悪い笑みを浮かべていた。

 猫耳を逆立て、カットはレヴに唸ってみせる。おお恐いと、レヴはわざとらしくおどけてみせた。

「じゃあ、どうすればいいんだよ……。その、フィナは……どうすれば幸せになってくれるかな……? フィナは……」

「だ、か、ら、デートに誘うんじゃないんですか?」

 すっとレヴが立ち上がり、カットのもとへと歩んでいく。彼はそっとカットの猫耳にふれてきた。

「レヴっ?」

「この猫耳、もしかしたら陛下のせいで元に戻らないのかもしれませんねぇ」

 優しく猫耳をなでながら、レヴはカットの耳元で囁いてみせた。

「俺のせいで……?」

「フィナちゃんのことが忘れられなくて、彼女との思い出を消したくなかったとか……?」

 レヴの言葉にカットは大きく眼を見開いていた。急いでレヴを見つめる。彼は相変わらず意地の悪い笑みを浮かべてばかりだ。

 フィナを思うあまり、呪いが解けるのを自分自身が拒んでいた?

 そんなことが、ありえるのだろうか?

「いいですかぁ、陛下。フィナちゃんの気持ちなんてどうでもいいんです。その気持ちを変えるのがあなたの仕事。フィナちゃんの気持ちを変えて、幸せにするのもあなたの仕事。恋って言いうのはね、相手の気持ちを変えてあげるお仕事なんですよ」

 カットの猫耳を優しくなでながら、レヴは言葉を続ける。まるで諭すようなレヴの言葉に、カットは猫耳を傾けていた。

「いいですよぉ、愛しの陛下のためです。このレヴ・クラスティ・オーブシャッティンサンにお任せください。きっとフィナ嬢の心をあなたに振り向かせて差し上げますよ」

「レヴ……」

「今、俺がこうして生きていられるのはあなたのお陰ですから……」

 レヴの笑みが優しいものにかわる。カットを抱きしめて、レヴは猫耳に囁いてみせた。

 小さな頃からのレヴの癖だ。彼は幼い頃からカットの面倒を見てくれていた。  カットが思い悩んでいると、レヴはカットを抱き寄せ耳元で慰めの言葉を囁く。

 その言葉がカットは好きだ。

 レヴはいつも自分の欲しい言葉をくれるから。

「あなたのためだったら命だって惜しくない……。恋人ぐらい何人でも作ってあげますよ」

 あやすようにカットを抱き寄せて、レヴは優しく頭をなでてくれる。その感触がくすぐったくて、カットは思わず微笑みを浮かべていた。

「いや、何人もはいらないんだが……」

「先々代の王なんてそりゃもう凄かったって言うじゃないですか? ティーゲル様の兄弟って軽く10人以上はいるんでしょう? 側室の1人や2人いなきゃ王族絶えちゃいますよ。まぁ、陛下にはフィナちゃんしか見えてないらしいけれど……」

「そうかもな。今は、フィナのことで頭がいっぱいだ……」

 レヴの言葉に思わずカットは苦笑してしまう。その言葉を放ったとたん、レヴが不機嫌そうに口元を歪めてきた。

「レヴ?」

「なんか面白くないんだよなぁ。陛下を側でお守りしてきたのは俺なのに、その……大切な人をとられたというか……」

「レヴも、俺の大切な人だよ」

 カットはレヴに微笑んでみせる。

 レヴは驚いた様子で眼を剥き、さっと顔を赤らめた。カットから顔を逸らし、レヴは小さく言葉を告げる。

「陛下……その天然ジゴロ、治しません……?」

「天然ジゴロ?」

 レヴが意味のわからない言葉を放ってくる。何のことだか分からず、カットは猫耳をぴくぴくと動かしていた。

「あぁ、もういいっ。そういうところも可愛いし……」

 カットの頭をわしゃわしゃとなで、レヴはカットを放す。

「なにを言っているんだ? レヴ」

 首を傾げ、カットは猫耳を動かしてみせる。

 レヴは盛大に肩を落とし、カットを見つめてきた。疲れきったような彼の表情がなんだか印象的だ。

「フィナちゃん……苦労するだろうなぁ……」

「えっ、フィナがどうかしたのか?」

「何でもないです、陛下……。それより、デートって具体的に何を考えているんだすか?」

「それが……」

 レヴの問いかけに、カットは言葉を詰まらせる。ばっと両手で顔を覆い、カットは呻き声をあげてみせた。

「なぁレヴ。女の子ってどうしたら、喜んでくれるかな?」

「つまり、何にも考えてないわけですね……」

「だって、フィナのこと少ししか知らないし……」

 しゅんと猫耳をたらし、カットは俯く。小さなときに少し遊んだだけで、フィナのことはほとんど分からない。

 分かることと言ったら――

「そういえばフィナ、猫は好きだな」

「おぉ、いいじゃないですか、それ!」

 レヴが弾んだ声を発する。その声に驚き、カットは思わず猫耳の毛を逆立てていた。

「レヴっ?」

「ほら、もうすぐフレイア祭があるじゃないですか? フィナちゃんをメロメロにするチャンスですよっ!」

 がばりとレヴがカットの顔を覗き込んでくる。にいっと意地の悪い笑みを浮かべる彼をみて、カットは言いようのない不安に取りつかれていた。

「だから近いって……」

 ぐいっとレヴを押しやり、カットはうっとうしいと猫耳を動かしてみせる。レヴは苦笑しながら、カットから離れていった。

「まぁ、デートの話はそのぐらいにして……本題に入りましょうか、陛下」

 すうっと翠色の眼を細め、レヴが得意げに笑ってみせた。カットは苦笑しながら、レヴに言葉を告げる。

「俺とフィナがデートに行くことを、それとなく父上に伝えて欲しい。きっと喜んで俺とフィナの邪魔をしにくるだろから……。その隙に、みんなに声をかけてくれないか。それからこれ、出しておいてくれ……」

 カットは机の引き出しから分厚い紙の束を取り出していた。近隣諸国を治める叔父たちに宛てた書状だ。

「なんですかこれ? フィナちゃんへのラブレター?」

 レヴは書状を受け取りながら、意味深な笑みを浮かべてみせる。

「恋の指南役を叔父上たちに頼もうと思って書いた、手紙だよ」

 そんなレヴに、カットは微笑みを返していた。

「恋愛の指南役ねぇ……。本当ですかぁ?」

 書状を口の側に持っていき、レヴはいやらしく眼を歪めてみせる。

 レヴの言った通り、叔父たちに宛てた書状は恋愛指南を請うためのものではない。ティーゲルを出し抜き、フィナを自由にするための手段だ。

「いや、誰かに王位を譲渡しようと思ってな。その相談に乗っていただくために手紙をしたためた……」

「はっ?」

「そもそも俺とフィナの結婚は、この猫耳のせいで俺が王に相応しくないことが原因だ。だったら俺が王位を捨てれば、フィナは自由の身になれる」

「陛下……」

「フィナを助けるためだったら、何でもしてみせるさ……」

 アイスブルーの眼を細め、カットは小さく口を開いていた。

 ――ありがとう、カット。

 そう泣きながら、微笑んでくれたフィナの顔が脳裏をちらつく。

 あの笑顔を守るためだったら、何でもしてみせる。例え、父と対立することになるとしても。

「仰せのままに。でも陛下、大丈夫なんですか?」

「どうした……」

「顔、悲しげですよ……」

 翠色の眼を曇らせ、レヴがカットの顔を心配そうにのぞき込んでくる。

「お前がいるから、平気だよ」

 そんなレヴにカットは寂しげに微笑んでみせた。

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