王様と臥所

 妙に体が重い。

 息苦しさを感じて、カットはうっすらと眼を開けていた。王の間にある寝台は布団が固くて寝心地がいまいちだ。

 そのため、どうしても眠りが浅くなる。

 ――父上は、よくこんな固い寝台でお休みになることが出来たものだ。

 苦笑しながら、カットは横に顔を向けていた。欧州唐檜で作られた寝台の縁には、樽板教会と同じようにユグドラシルの透かし彫りが施されている。

 寝台の縁に腰かけている人物がいることに気がつき、カットは眼を見開いていた。その人物が体を屈ませてくる。ふわりと長い黒髪が靡き、人物の体を覆っていた。

 暗闇で切なげに光る赤い眼が印象的だ。細長い五指がカットの顔にのばされ、カットは眼を見開いていた。

「フィナ……?」

 何も言わず、フィナは寝台へと入り込んでくる。カットの体にまたがり、彼女は顔を近づけてきた。

「フィナっ!」

 カットは叫び、彼女の腕を掴んでいた。そのまま、フィナの両腕を掴んで、体を仰向けに倒す。

「あっ……」

 フィナの口から呻き声が漏れる。カットは急いで寝台から跳びおり、側の卓上に置かれていたランプを手に取った。

 ランプに火を灯したカットは息を呑んでいた。

 ベッドに倒れるフィナは何も纏っていなかったのだ。白い彼女の裸体は、ランプの灯りを反射しクリーム色に輝いていた。顔をあげ、艶やかな髪の間からフィナは不安げな眼を向けてくる。

「何を考えている? 君は……」

 口から出て来た声音は、想像以上に冷たいものだった。その言葉を聞いたフィナの眼が、怯えるように震えている。

「申し訳……ございません……」

 フィナは居住まいを正し、カットに頭を下げる。震えているフィナを見つめ、カットは顔を曇らせることしかできなかった。

「フィナ……」

 そっとフィナの肩に手を置く。

 フィナは顔をあげた。

 赤い眼が、不安げにカットに向けられている。そんな彼女の肩にカットは寝台の毛布をかけていた。

「陛下……」

「眼のやり場に困るからな……」

 フィナから顔を逸らし、カットは小さな声で言う。

 恥ずかしいことだがカットは女性を抱いたことが1度もない。ティーゲルが差し向けた女性たちがカットを夜這いしたこともあったが、そのたびにレヴが自分の身を守ってくれていた。

「陛下……」

 弱々しいフィナの声が自分を呼ぶ。カットは顔をあげフィナを見つめていた。

 フィナの赤い眼がカットに向けられている。切なげな視線をカットに向けながら、フィナは言葉を紡いだ。

「私を抱いてくださいますか……?」

 フィナの言葉にカットは眼を見開く。自身を抱く彼女を見つめ、カットはフィナの両肩を抱いていた。そっと彼女を寝台に押し倒す。

「あっ……」

 フィナが小さな悲鳴をあげる。ぎゅっと眼を瞑る彼女を見て、カットは嘆息していた。

「やめよう、フィナ……。震えてるじゃないか?」

 カットは優しくフィナの頬に手を添えていた。フィナがその手を掴む。

「でも、私のせいで陛下は……」

 フィナの視線はカットの猫耳に注がれていた。ふっとカットの中で、小さな怒りが生じる。

「君は、俺に抱かれる覚悟があるのか?」

 低い声をフィナにかけると、彼女は驚いた様子でカットを見つめてくる。カットはそんな彼女の裸体に馬乗りになり、両手を取り押さえた。

「いやっ!」

 フィナの唇から悲鳴があがる。そっとカットは彼女の両手から手を放し、言葉をかけていた。

「ほら、嫌がってるじゃないか……」

 震えるフィナの頬にカットは手を伸ばす。

「いやっ」

 だがフィナはカットの手を弾いてしまう。弾かれた手の甲が妙に痛くて、カットは顔を歪めていた。

 そんなカットを、フィナは眼を見開き凝視する。彼女は眼を歪め、両手で顔を覆った。

「ごめんなさい……。そんなつもりじゃなかったの……。ただ、あのときは凄くあなたが憎くて……」

「俺も、一緒だよ……」

 上擦った声をフィナはとぎれとぎれに発してみせる。そんなフィナに、カットは優しく声をかけていた。フィナは顔から両手を離し、カットを見あげてくる。

「君を悲しませたことを、ずっと後悔していた……」

「陛下?」

「ねぇフィナ、少し出かけないか?」

 笑みを深め、カットはフィナに問いかける。カットを見つめながら、フィナは不思議そうに眼をしばたたかせた。



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