王様と謝罪

 ふわりと粉雪が肩にとまって、カットは顔をあげていた。

 空が灰色に濁っている。その空から、柔らかな雪が降っているのだ。

「にゃー」

 橇を引く猫たちが鳴き声をあげる。顔を正面に向けると、丘のうえに建つ樽板教会を認めることができた。

「とんだ災難に会いましたね」

 フィナの声がする。後方へ顔を向けると、フィナは微笑みを浮かべ、空を仰いでいた。

「うわー、柔らかそうな雪ですね。早く馬車の待っている教会に着かないと、大変なことになりそう」

 フィナが笑顔をこちらへ向けてくる。笑みを刻む彼女唇が愛らしい。どきりとカットの心臓は高鳴っていた。

 先ほどまで、レヴと戦っていた女性には見えない。そのギャップに、戸惑いを覚えてしまう。

「そうだな。急ごうっ」

 弾んだ声をフィナにかけ、カットは慌てて正面を向いていた。

「もっと速く走ってくれっ」

 先頭を走るリーダーの猫に声をかけ、カットは橇の速度をあげる。

 カットたちを乗せた橇は、丘の斜面を登っていく。

 そっとカットは後方を向く。フィナの黒髪が風に煽られ、舞い散る雪の中で煌めいていた。そんな髪を、フィナは優美な手つきで押さえてみせる。

 その仕草から、眼が離せなくなる。フィナの視線がこちらに向いて、カットは慌てて顔を逸らしていた。

 教会が迫ってくる。カットは猫たちに合図を送り、橇をとめる。

「ありがとうございます。陛下」

 フィナがお礼の言葉を述べてくる。カットが彼女へと振り向くと、彼女は橇から降りようとしている最中だった。フィナは、破れているブーツにかまうことなく地面に足をつけようとする。

「フィナっ」

 そんな彼女をカットは引き寄せ、横抱きにしていた。

「ちょ、陛下っ!?」

 腕の中のフィナが叫び声をあげる。そんなフィナを睨みつけ、カットは言葉を放っていた。

「ブーツが破れたままじゃないかっ? そんな状態で君を歩かせるわけにはいかないっ!」

 ぎゅっとフィナを抱き寄せ、カットは橇を降りる。そんなカットの腕の中で、フィナは必死に抵抗を続けていた。

「ちょ、いいです! 大丈夫です! 放してくださいっ! こんなっ――」

「フィナっ!」

 カットの叫びがフィナの言葉を遮る。びくりとフィナは怯えた様子でカットを見つめた。

「まだ、俺が許せないのかい?」

「陛下……」

 眼を歪め、カットはフィナを見つめることしかできない。フィナは困ったように眼をゆらしながら、カットの帽子へと手をのばしていた。

 白い帽子にフィナの細い指が伸ばされる。しばらくのあいだフィナの手は、帽子の前でとまっていた。

 フィナはぎゅっと眼を瞑り、カットの帽子を脱がせる。

 窮屈な帽子が取れて、猫耳がふわりと広がっていく。帽子に絞めつけられていたせいで、耳が痛い。

 帽子を手に持ったフィナが、そっと眼を開ける。彼女はカットの顔を怯えるように見あげ、その両側についた猫耳をじっと凝視した。

 カットもフィナを静かに見つめる。

 フィナの顔が苦痛に歪む。彼女はカットから眼を逸らし、その眼に涙を浮かべた。泣いている姿をカットに見られたくないのか、フィナは帽子を持った手で顔を覆ってしまう。

「フィナ……」

「私のせいなんですね……」

 フィナの言葉にカットは答えない。

「ごめんなさい……」

 ただ、彼女の謝る声だけがカットの猫耳に響き渡った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る