短いお話
冬石
第1話 わたしのまゆゆ
彼女は私にとっての、憧れで、夢で、希望で。
彼女は私にとっての、女神さま。
世の中って残酷だなと思う。
可愛い女の子とそうではない女の子の間に、別に可愛くはないけど不細工でもないという中途半端な分類があるからだ。私はどんなに頑張っても彼女にはなれない。画面の向こうでスカートをひるがえし軽やかに踊る可憐な姿。どんな女の子よりも絶対的に可愛い。
可愛いは正義、とはまさにこのことだろう。
最初は彼女になりたかった、でも、なれないとすぐにわかってしまった。だって別の人間にはなれないから。どこまで頑張ってもあくまで似せることしかできない。彼女自身にはなれない。私は私にしかなれない。
初めて彼女を見たのは会社帰りに信号待ちをしていた時の街頭巨大テレビでだった。笑顔で歌って踊る妖精のような彼女を見た私は、自分が惨めになった。後に同じ歳だと知り、さらに悲しくなった。仕事に追われ化粧も洋服も適当、人付き合いも最低限、毎日が灰色な私。キラキラ輝く彼女。死にたくなった。もちろん死ななかったけれども。
羨ましい、という気持ちが大きかった。私はそこそこ可愛い分類で、決して可愛くないわけではない。あともう少し目が大きかったら、あともう少し鼻が高かったら、なんて考えるようになった。羨望から憧れに気持ちが変わった。彼女みたいになりたい、トイレで口角を上げて笑う練習をして、背筋を伸ばして歩くよう心がけ、インスタント食品を控えるようになった、頑張って運動をした。
でもやっぱり彼女みたいにはなれなかった。鏡に映るのは、どこまで行っても自分。虚しさに襲われ、一体何をやっているんだろうと泣きたくなった。
涙をぬぐってトイレを出た。自分の席に戻って仕事をした、同僚からメールが来ていた。いつもの業務連絡だろうとクリックすると、ご飯の誘いだった。その後は、とんとん拍子で付き合うことになって今に至る。
私は彼女にはなれなかった、でも幸せだ。
私には画面に映る笑顔で踊る彼女が抱える苦悩を、知ることは永遠にできないだろう。ただのファンとして一生を終えるのだろう。
会ったことも話したこともない、けれど彼女に私は多くのことを教わったような気がした。彼女に憧れなければ、きっと今は無かった。灰色の私を変えてくれたのは間違い無く彼女だ。感謝の気持ちを彼女へ伝えられることはないだろうけれど、その気持ちを忘れずにいようと思った。街頭の巨大テレビに映る彼女に向かって微笑む。私は幸せだよ、女神さま。あなたも幸せになってね。
「真友子?」
名前を呼ばれて振り返る。
ほら、だって私は彼にとっての最愛の人になれたのだから。
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