拝啓、世界の終わり【完結】

成瀬なる

拝啓、世界住人

 爽やかな青空の下、鳥の声も人の声も世界の音も何も聞こえない昼下がりになると、僕は、いつも思い出してしまう。

 あの日、テレビの中から聞こえた不思議な質問――


「世界が滅亡する5分前、あなたは、何をしているの?」


 一度、意識をその質問に向けると、鮮明に思い出すことができる。

 初夏の午前11時過ぎ、僕は、授業をサボった。別に、不良だったとか、くだらない大人への反抗という訳ではない。

 なんとなく、その日は、閉鎖空間の中で教科書とマニュアルに沿った授業を受けているのがいけないような気がしたんだ。

 僕は、天井が青いスクリーンの屋上に身を投げる。

 あれ、なんで、屋上でテレビの音が聞こえたのだろう……あぁ、僕の勘違いだったようだ。

 彼女は、僕にとって身近な存在だった。だけども、目に見えない何かが、彼女と僕の間に巨大な障害となって、手の届かない存在になっていた。

 だから、テレビの話だと勘違いしてしまったんだ。

 僕が、授業をサボった日。彼女も、授業を抜け出して、僕と同じ屋上に腰を下ろした。


 そして、冗談を話すみたいにつぶやいた。


「ねぇ、世界が終わる5分前、ケイタは何をしたい?」

「何その質問?」

「いいから、ただの暇つぶしだと思って」

 彼女は、急かすようにして僕の頭上で笑みをこぼす。

「うーん……」

 僕は、空に浮かぶ雲を目で追いながら、ぼんやりと考えてみる。

 世界の終わり――まだ見ぬ宇宙人の侵略、神の怒りが具現化された超自然災害、某有名薬剤企業のウイルス感染。

 どれも、想像すると馬鹿らしくなってしまう。

 僕は、どうしようもないくらいひねくれているのだ。

 みんなが好きだと言ったものは、無条件に嫌いになるし、みんなが興味を持っていないものを好きになる。

 素直に人の意見も聞き入れられないし、何事にも否定から考えが向く。

 だから、この質問の答えもひねくれていた。

「何もしないかな」

 僕は、反動を使って体を起こした。

 彼女の大きな黒い瞳が、僕の視線と重なり合う。

「ふふふ。 ケイタらしいよ」

 彼女は、そういうと、立ち上がって、屋上の端まで歩き、あと一歩進んだら地上へと落下する位置で体をこちらへと向けた。

 そして――

「世界の終わりって、意外と、みんなが望んでいるんだよ?」

 とつぶやいて、僕の思い出は水の中に滲んでいった。

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