両声類なオレの完璧計画(パーフェクトプラン)の行く末

姫崎しう

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     *



 今や男声と女声のどちらも出せる、両声類たちはネットの中では市民権を得たと言っても過言ではない。

 ネット社会とも言える昨今、同時に現実世界での認知度も高まっている。


 両声類が広まるにあたって忘れちゃいけないのが、二年ほど前にネットを賑わせた事件。初代ドリムと言う有名な女性歌い手が実は男だったと言う話だ。

 初代ドリムついてオレはさほど詳しくはないのだが、どうやら声変わりがきっかけで歌うのを止めたと言う事らしい。

 しかし、初代ドリムは両声類だったのではないか、という意見も多くみられる。


 投稿された動画がドリムが中学生の時で、すでに声変わりをしていたんじゃないかと言う事だ。結局結論が出ないままで収束したようだが、オレは確信している、ドリムは確実に両声類なのだと。

 何故ならオレ、和気わけ碧人あおとが両声類だからだ。



     *



 高校の入学式の前日、オレは遠足前の小学生のように眠ることが出来なかった。何せこの高校に入学するために、中学三年の一年間を勉強に当てたのだから。

 教師に「お前の学力では無理だ」と言われた高校でなければ、オレのパーフェクトなプランを完遂する事はできないのだ。


 高校生活を最高にする、オレの完璧計画パーフェクトプラン。それは両声類であるオレが軽音楽部に入って、全校を魅了し、話題を掻っ攫うこと。晴れて人気者になったオレは、可愛い彼女を作り、レコード会社からオファーが来てメジャーデビューまで行けるかもしれない。

 しかし、両親に自宅から通える高校でなければならないと条件を付けられた結果、近場で唯一軽音楽部があるこの高校に何としても入学するしかなかった。


 ここまで必死になったのだ、完璧計画は何も妄想を語っているわけではなく、ちゃんと根拠がある。


 オレは初代ドリム――ドリム呼ばれる二代目は、アイドルをやるくらい可愛い子なのだが――よりも可愛い声が出せるのだ。

 初代ドリムが何年たっても話題から消えないのだから、より可愛い声を出せるオレは、さらに人気が出ても何らおかしくない。

 だからどうしても、軽音楽部のある高校に行かなければならなかった。


 幸いレベルの高い高校を目指すオレを両親は応援してくれたし、一緒に勉強してくれる子もいたので、こうやって入学することが出来た。

 ようやく勉強から解放されて、待ちに待った入学なのだから、朝起きて高校に向かときに足取りが軽く、友人の女の子に「楽しそうだね」と言われるのも仕方がない。


「楽しいよ。ようやく入学できるんだからね」


「ずーっと勉強ばっかりだったもんね。おはよう碧君、一緒に行っていいかな」


「おはよう、朝とも。良いけど順番違くない?」


 友人の真庭まにわ朝ともが照れたように、えへへと笑う。

 小動物然としたこの友人は、百六十センチ無いオレと同じくらいの身長をしている。だから「小」動物かと言われたら何とも返し難いが、雰囲気なのだから良いだろう。


 人見知りだが、仲良くなると良く話してくれる。髪を肩で切りそろえていて、意外と目が大きい。

 今は目立たないが、化粧をしたら、文字通り一気に「化」けるのではないだろうか。

 朝が高校デビューをするとは思えないけれど。


 一緒に歩き出した所で、朝が活き活きと話しかけてくる。


「確かに勉強大変だったから、二人とも受かって良かったねー」


「同じくらいの成績だったもんな」


「ある日突然、先生に呼び出された時にはどうしようかと思ったけど、碧君と一緒に勉強できたから入学できたんだと思うよ」


「それはお互い様」


 朝がもう一度、えへへと笑う。地区によって勝手に振り分けられる中学校だけれど、何故か中学ごとにレベルが違っていて、オレと朝は下位の中学の真ん中より少し上くらいに居た。

 今から通う高校は、オレ達の中学の上位陣が行くような学校で、全体から見たらそこそこレベルが高い高校に当たるらしい。


 オレも朝も中学三年生までは、お互いの存在すらまともに認識していなかったのだけれど、朝が言っていた通り、ある日突然先生に呼び出され、本気で受験する気なら二人で頑張れと言い残して去って行ったのだ。


 当時は有難迷惑でしかなかったけれど、今では感謝している。


「そう言えば、碧君は何でこの高校に行こうと思ったの?」


 朝の声に我に返って、不思議そうな顔を見る。考えてみれば、何で朝が必死になって勉強していたのか、オレも知らない。

 もちろん完璧計画パーフェクトプランも話していないし、はっきりと言わなくてもいいか。


「入りたい部活があるんだよ」


「そうなんだ! わたしと一緒だね」


「朝が入りたい部活あるって言うのは意外だな。帰宅部だっただろ?」


「それは碧君も変わらないでしょ?」


 不満げにこちらを見る朝に返す言葉も無い。むしろ中学ではやりたい部活が無かったから帰宅部だったと言う人も、それなりに居るのではないだろうか。

 合格後に貰った部活紹介によると、今日から通う高校では、メジャーな運動部から漫画研究会やオカルト部まで、多様な部が存在している。もちろん、他の高校には無い部活は軽音楽部だけではないだろう。


「ところで、朝は何部に入りたいんだ?」


「わたし? わたしはねー」


 今の流れで黙ったままなのも居心地が悪かったので、無難に尋ねたつもりだったのだけれど、嬉しいのか恥ずかしいのか、朝が勿体つける。

 朝にしては珍しい反応だけれど、オレと同じく部活の為に一年頑張って来たのだから、羽目を外したくなるのだろう。ここ最近のオレと同じように。


「軽音楽部に入ろうかなって思ってるんだ。もちろん、わたし程度でついて行けるかは分からないけど」


「なんだ、オレと一緒だったんだな」


「碧君も軽音楽部? 偶然……じゃないよね。他にもそう言う人は居るだろうし。

 でも碧君って楽器弾けたっけ?」


「弾けないよ。でも、朝が楽器弾けるって話も、聞いた事ないんだけど」


 朝が謙遜する事はいつもの事だからいいとして、同じくボーカルを目指しているならばライバルになるわけだから、少し心苦しい。オレのせいで、朝の努力を無駄にしてしまわないだろうか。

 しかし、杞憂だったらしく朝は照れくさそうに話し出した。


「実は、ギターを練習してたの」


「朝が、ギターを?」


「やっぱり似合わないよね?」


「いいや、いいんじゃないか? ガールズバンドって言うのもあるんだし」


 目立ちそうなギターなのは意外だったけど、志望パートが被らなかったのは僥倖と言える。肯定的なオレの言葉に安心したような顔をしたともが、自分の話は終わったとばかりに、不思議そうな顔でオレを見た。


「楽器が弾けないって事は、碧君はボーカル志望なの?」


「まあ、そうなるかな」


「えっと、怒らないでね?」


 今日の朝は表情がコロコロ変わる。今度は申し訳なさそうな顔で、オレを覗き込んできた。

 朝がオレの怒る様な事を意味も無く言う事はないので、「怒らないよ」と返しておく。本当に起こる事だったら怒るけれど、大体朝が「怒らないって言ったのに」と言って終わるのだ。


「音楽の授業で聞いていた感じだと、碧君って歌が上手いわけじゃないよね。下手だってわけでもなかったけど」


「オレには秘策があるからな。きっと朝も驚くさ。それに高校の軽音楽部だろ? 皆素人に毛が生えた程度なんじゃないか?」


 もちろん素人たちの中で、すぐにオレは頭角を現す事になる。朝のように経験者が入部する可能性も充分にあるが、オレは初代ドリム以上なのだ。すぐに追いぬいて、人気者への道を歩き出すだろう。

 もしかしたら、オレのファン一号は朝になるかもしれない。それもなかなか悪くはないのではないだろうか。

 一人悦に浸っていたら、朝の表情がさらに険しくなった。


「碧君はこの高校の軽音楽部について調べたのかな?」


「確かたった四人の部活だろ?」


 冊子にはその程度の事しか書いていなかった。大手の部活は部員の写真や細かい練習時間なども書いてあり、規模が小さな部活になるにつれてスペースが小さくなっていく。

 軽音楽部は冊子の最期の方、下から二番目のサイズのグループだった。どう考えても弱小の部活なのだろう。

 もちろん弱小だったとしても、オレの完璧計画に支障はない。むしろ、弱小校を全国トップにすることが出来れば、オレの業績にさらに箔が付く。ドラマ性もあって、高校生活に大いに花を添えてくれる経験になるに違いない。


 それにしても調べるも何も、朝だって同じ程度の情報しか持っていないと思うのだけれど、もしかして知り合いがいるのだろうか?

 視線を向けたら、朝がもの言いたげにこちらを見ていた。


「どうかしたのか?」


「碧君……ううん。何でもない」


「今日の朝なんか変だな」


「そ、そうかな」


 言葉とは裏腹に、困った笑顔の朝からは、何かある事がありありと伝わってくる。入学式と言う事で不安になっているのか、オレの持っている情報と朝が持っている情報が違っていて困惑しているのか。


 仮に後者だった場合、朝には気の毒だが、現実だと受け止めてもらうしかない。こちらは高校が新入生の為に作った冊子の情報、つまり公式の情報なのだから。

 救いがあるとしたら、小規模とは言え付近の高校の中で唯一軽音楽部がある高校には違いない事だ。これで軽音楽部が無ければ、朝の一年の意味が無くなってしまう。


「まあ、どんなところかは、今日行ってみたらわかるさ」


「……今日行くの? 入学式だよ?」


「入学式でも部活はしてるだろ? 善は急げって言うし、一人でも行くけど」


 キョトンとしていた朝は何度か瞬きをしてから、慌てたようにあちらこちらに視線を走らせる。しばらく時間がかかって「わたしも行く」と返事が来た時には校門のすぐ近くまで来ていた。

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