脆くも儚き永遠の玻璃

@heina

第1話

 人の住む世界から隔絶された、ある森に一人の少女が暮らしていました。




 --ねぇ、知っている?


 泉のほとりに佇む少女は一人、不自然に凍りついた水面に話しかけていた。


 --木の人も、鉄の人も私より永くは生きられなかったわ。

 木の人は寿命が尽きればそこで終わり。朽ち果てちゃった。

 鉄の人はもっと早かったの。錆び、朽ち果てるために生まれたのかしら。


 少女の言葉には棘が含まれ、吐き棄てる想いが重々にひしめいてはいたが、どこか憐憫を感じさせた。


 --貴女は、ずっといなくならないでね……


 少女の嘆願は叶うことだろう。

 彼女が話しかけるのは彼女自身が写ったただの反射。

 それは決して話しかけてくることのない、少女の無二の親友。


 少女は飽きることなく、水面に話しかけ続ける。

 日が暮れて夜になり、また太陽が昇ってもずっとずっと。




 --貴女は私の宝物よ。


 少女に幾億度目かの太陽の光が差す。

 少女には陽の光の福音たる影が、よく見えなかった。


 ◇


「なぁ、街か何かいい加減見えてきてもいいんじゃないか? さっきからずっと同じような景色の森の中だから進んでるのか戻っているのかもよくわからなくなってきたぞ」


 いつも体力の有り余っていそうなタオは退屈によって疲労が増した為、文句を口にした。


「僕ももう足が棒だよ。これならヴィランに囲まれてるほうがまだましだよ」


 シェインもタオに同意して、物騒なことを口に出した。


「そうね、そろそろ何か見えてきてもいいんだけれど……」


 レイナは疲れから話を流し気味に返事をした。


「そうねってレイナ、僕はヴィランに囲まれるほうが嫌だよ……」


 意外にもエクスはまだ余裕を残している。

 この森に入ってからすでに二日が経とうとしていた。戦闘をこなすだけあり体力は見た目以上にあるのだが、いかんせん同じ様な景色が続けば心の負担の方が大きい様で、愚痴が口を吐いて出てしまう。


「お嬢〜、カオステラーはまだなのか? ここにいるってのは勘違いだったんじゃないのか?」

「間違いなくいるわ。えっと……あっちの方に」

「それ昨日も聞いた気がする」

「うっ。で、でも確かなんだから」

「あーあ、やっばいなぁ。方向音痴のお嬢頼りじゃ見つけられないんじゃないか? 人がいりゃあ俺がリーダーシップを遺憾なく発揮させて聞き込みしてさっさと目星をつけられんだけどなぁ」

「間違いなくこっちの方向であってるし、あんたはリーダーシップを発揮することもないわ。だってリーダーは私なんだもの」

「はぁ? おいおいおい、こりゃここらでキチンと理解してもらったほうがいいみたいだな。真のリーダーとは誰かをな」

「なんでそんなことをする必要があるのよ。それこそ時間のムダだわ」

「ふざけっ、逃げんのかよ!」

「何から逃げる必要があるのよ!事実と事実を理解できないやつが対立してるだけだからムダって言ってんのよ」

「おいおい、そっちこそ事実を理解出来てないんじゃないのかよ。こちとら今までの実績ってものがあらぁな」


 疲れからかどんどんと険悪さを増していく口論にエクスは慌てて仲裁に入ろうとし、シェインは我関せずと森の隙間から覗くキラキラと光る水面へと足を進めていった。


「ほらほら、疲れてるから怒りっぽくもなるんだよ。休憩を入れようよ、丁度よく泉があるしシェインも先に行って待ってるからさ」


 その時だ。


「うわあああ!」


 泉からシェインの叫び声が響いた。

 先ほどまでの諍いなど吹き飛び、三人はシェインの元へと転がるように駆け出した。


「シェイン! 何があった、無事か!!」

「え? あ、みんな! 大変だよ、見てよこの子!」


 満面の笑みをしていたシェインを見て三人は一応の落ち着きを得たが、これはこれで珍しいものを見たという目でシェインのことを見た。


「ほら、この子を見て! 一体どういうことなんだろう?」


 シェインが興奮しているのはシェインが抱きついている物に対してだ。

 シェインが抱きついているのは全身がガラスで出来た少女の像。

 細部まで精巧に作られた像で、まつ毛や果ては髪の毛の一本一本まで完璧に形が作られていて、身体の中央には少し青いハートが埋まっている。


「はぁ、もう。驚かせないでよシェイン」

「いいじゃねえか姉御。何もなかったんだからよ。それにしてもシェイン、すげえ別嬪さんだな、それ」


 その時、風が吹いてガラスの少女の着るワンピースの裾がはためいた。


「えっ、どういうことなの?」


 驚くレイナにも無理はない。少女の着るワンピースも当然にガラスで出来ているからだ。

 スカートだけではない。髪も一本一本風になびいてふわりと広がった。

 風がおさまり髪が纏まる時にちゃんとガラスだと主張するように硬質のキンキンとガラス同士の当たる音が響いた。

 しかも体に透けて見えているハートは拍動している。


「凄い……。一体何で構成されているのかな。ガラスも確かに流動するけど、こんなレベルでなんて見たことない。構成が……?でもそれなら透明な理由とカチ当たるし……硬度も質感もガラスそのものだし……」


 シェインが静かに興奮しながらブツブツと考察を口からこぼし出した。


「うわぁ、凄いね。僕は初めて見たよ、世界って知らないことが多いなぁ」

「そうね、でも丁度よかった。ねぇ貴女、この近くで……ええと、ヴィラン……って言ってもわからないわね、悪さをするヤツが出たりしていない? 知っていたら教えて欲しいんだけれど」


 レイナの言葉にガラスの少女はシェインに抱きしめられたまま、優しく気遣うように指先だけを動かして口をパクパクさせた。

 シェインは未だに「これなら光学系の大きな縮小化に繋がる可能性が……」などと呟いている。


「どうしたんだろう、何か伝えたいみたい」

「そうだな、しゃべれないのか? おいシェイン、そろそろ離してやれ」

「あぁ嫌、硝子しょうこ!」


 タオに引っぺがされたシェインが訴える。


「なんだ? 「しょうこ」? しゃべれるのか?」

「ううん、シェインがつけたの」

「硝子だからしょうこなのか?」

「うん、そう」

「なんて安直な」


 そんなやりとりをしている中ガラスの少女、硝子は地面に落ちていた枝で矢印を描きはじめていた。


「ん? そっちにもしかしてヴィランがいたのかな」


 エクスがそう言ってレイナとタオの三人で見遣った森の木々の間からは丁度ヴィランが溢れてくるところだった。


「うわ、いた! みんな、やるよ!」


 エクスたちが導きの栞を自らの書へと挟み、閉じ終わるその時に傍をすでにコネクトを済ませたシェインが駆け抜けていった。


「シェインの硝子には指一本触れさせません! 滅びなさい!」


 そこからのシェインは凄かった。

 一緒に戦いに入った硝子を傷一つ付けまいと、ほぼ一人であらかた片付けてしまったのだ。

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