第30話 夕暮れの晩餐
アブソリュートとアレクサンドルアルテュールが邂逅し、数時間後――アブソリュートが就寝し、諏訪直樹と田辺敦がインペリアル城で夕食をとっていた。
「えっと……何かヤバい人がいるんですけど……。」
「お前はいつも通りヘラヘラしてればいいんだよ。」
焦る田辺厩務員に直樹調教師はフルコースの前菜を目の前に手をつけず、落ち着いて言う。
田辺が焦るのは無理もない。二人と同席しているのは、アレクサンドルアルテュールの馬主でありインペリアル城の城主エミリー・アレクサンドル・ライラ王女である。
12歳くらいの幼い少女に見えるが、実年齢は直樹の父親でタリスユーロスターの調教師の諏訪隆弘と同じ58歳。そんな彼女はワインを片手にほろ酔いで、直樹の膝に乗りながら弄んでいた。
「さっきから手が進んでおらんぞ?わしが食べさせてやろうか?」
「いらねえよ。つか、膝の上に乗るな!あと顎も触るな!」
「そう固いことを言うな。ほれ、そこそこいいワインをやるぞ?ついでにわしの貴重な間接キス付きじゃ。」
「だからいらねえよ!!」
「ああ!直接のほうがよいか!」
「だからいらねえよ!!!
お前、前よりアプローチ激しいぞ!!!」
「そりゃそうじゃ。離ればなれになった日からもう4年の月日が経つ。欲求不満になるのは当然じゃろう?」
「!!!ねえよ!!!
……………はぁ~。何でお前俺のこと好きなんだよ。」
「前にも言ったろう?……ああ、4年も経てば忘れるか。
なぜなら、わしのことを『お前』などと言う輩はお前さんだけじゃ。直樹。
わしは王女だけあって国民たちは敬い尊う。わしを下に見る者は、わしの父上と母上だけじゃった。
対等に見る者はおらんかった。」
「対等に見てねえよ。上にも下にもな。
俺は競馬以外興味ねえ。王女?知らねえよ。今、お前の立場は、ただの馬主だ。」
「フフッ。けどいいのか?馬主は調教師より上の立場じゃぞ?」
「お前の馬は預かってない。仮に預かったとしても今まで通りだ。」
「フフッ。そういう自分を貫いている直樹はかなり魅力的に見えるぞ!
おぬし、さぞかしモテているじゃろう!」
「ねえよ。」
「菊池さんは?」
田辺がようやく会話に参加した。
「…?何じゃ、いたのか。」
エミリーは今、気付いた様子。
「ぃた…のか……。
すると田辺は落ち込み、会話から外れた。
「それで、誰じゃ、菊池とは?」
「俺の元教え子だよ。それ以上でもそれ以下でもねえ。」
「ふ~ん…。」
エミリーはあまり納得していない様子。
菊池は元騎手で現調教師。女性で調教師は昨今では珍しく、あまり実績はないが、プレタポルテで史上初の女性調教師によるGⅠ制覇を達成し、今後の活躍に期待されている。
ちなみに、直樹との交際は騎手時代にあったとかなかったとか。
「まあいいわい。それで話ってなんじゃ?今後の関係についてか?」
「アブソリュートの併せ馬に
本当ならアレックスに相手をしてもらいたいけど、お前
「フフ…その強気な態度、本来なら打ち首ものじゃが、わしは直樹のそういうところも好いておる。
わかった。ただし条件がある。」
「条件?」
「おっ!心臓がバクバクいっているぞ?これは恋の予感かのぉ~?」
「!!!んなわけねえだろ!!!」
「ハハハッ!何を慌てておる。おぬしはからかい甲斐があるのぉ~。」
エミリーはさらに直樹の顎を弄びながらさらに言う。
「条件というのはアレックスじゃ。」
「アレックス?」
「わしがロックエレクトロを貸す代わりに、直樹は一時的にアレックスの調教師になってくれんか?」
「!?は?!何言ってんだお前???」
「おや、日本語が通じんかったかのぉ?もう一度言うぞ。
『一時的にアレクサンドルアルテュールの調教師になってくれんか?』」
「だから意味わかんねえよ!!何で他厩舎の調教師になんないといけねえんだよ!!
「何の失礼もない。アレクサンドルアルテュールの調教師は不在じゃ。」
「???は???」
「表向きではアレックスの調教師はハゲ…間違えた。ハワードになっておるが、アレックスは『
「マジかよ……自分を客観視して見れる
アレックスの全盛期はとうに過ぎている。今さら俺にどうしろと。」
「わしに馬のことは聞くな。わしは直樹ならアレックスのスランプを克服することができると思ったから、そう言っておるんじゃ。
別にずっと居ろ、なんて言わん。居てもいいが。」
「居ねえよ。」
「もしアレックスの調教師にならなかったら……………(ゴニョゴニョ)。」
エミリーは直樹に耳打ちをした。すると直樹は青ざめ、苦渋の末、「わかった。」と答えた。
「わしはおぬしの想像以上におぬしのことを知っておるぞ。」
(クソッ!何でこいつ、俺が菊池とキスしたこと知ってるんだよッ!!)
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