第29話 世界との邂逅
夏、タリスユーロスターが欲求不満で厩舎に戻ってきた頃、『絶対の馬』は10月上旬に行われる世界最高峰のレース『凱旋門賞』に挑むため、世界へ飛び立った――
成田空港発を出国し、オランダのアムステルダム空港に到着。その後、陸路でフランスのシャンティイにあるインペリアル城内にあるインペリアル厩舎に向かった。総移動時間は約30時間。
―到着。『絶対の馬』は『貧弱な馬』になって現地入りした。
「……!!?っわあ!びっくりした!
…えっと、お前、アブソリュート……だよな?」
アブソリュート専属厩務員の
「生まれたての小鹿みたいだぞ?!お前…。」
アブソは突っ込む余裕もなく、そのまま入厩。目を覚ましたのは到着してから2日後の朝だった。
目を覚ました朝は調教せず、アブソは朝ご飯を食べ、散歩をした。引き運動ではなく、散歩。
散歩はアブソの日課である。好きという訳ではなく、ただじっとしていることを嫌う。散歩中は何も考えていない。無我の境地。己に触れる芝、気温、風などを感じ、心を落ち着かせている。
何も考えていない。つまり、前が見えていない。
「うわっ!気を付けろ!」
そう驚いた馬は難なくかわしたが、アブソは気付かず、そのまま木にぶつかった。
「~~~~~!」
「おい、大丈夫かよ…?」
「ああ、問題ない。……………!日本語!?」
直感的に現地の馬だと察したアブソは、とっさに驚く。
「そうだぜ~?日本語だぜ~?
この厩舎じゃあ英語、フランス語、ドイツ語、日本語、中国語くらいは話せるぜ~?
まあとりあえず自己紹介しとくか~。オレはロックエレクトロ。少なくともお前よりは強いぜ~!!よろしくぅ~!」
ロックは自己紹介とともに舌を出した。
「俺のことを知っているのか?」
「ああ。この厩舎に入厩することくらいは知っているぜ~!ア…」
「アブソリュート。」
アブソと同じくらい小さい体格で凛とした白毛の馬が割って入ってきた。
アブソとロックは驚く。
「……!?」
「あ…貴方様は!!アレクサンドルアルテュール様ぁああ!!!」
「様はやめろ。ロックエレクトロ。」
アブソが驚いたのはアレクサンドルアルテュールの瞳の色が、右が紅く、左が蒼い目をしていたことだった。
「お前、何者だ。」
アブソは興味津々にアレクサンドルアルテュールに聞いた。
「
「この方を誰だと思っていやがる!!この方はこのインペリアル厩舎の
馬は骨格状、跪くことができない。
「ロックエレクトロ。貴様、まだ
「はっ!当たり前だぜ!!世界最速のオレを差し置いて、ちんたら走っている貴方様が最強といわれるのは納得できねえ!!
今すぐぶっ倒してやりますよ!!!」
「……………。今すぐは無理だが、……いずれ、必ず相手をしよう。」
そんな内輪揉めに割って入ってくるようにアブソは闘志むき出しでアレクサンドルアルテュールをじっと睨み付けた。
「…なるほど。俺が倒すべき相手はお前か…!」
ロックは話をすり替えるように割って入る。
「おいおいおいおい。待てよぉ~。いきなり
「
「こいつらの称号だ。」
疑問に思ったアブソに答えたのは、アブソの調教師の
「こいつらはチェスの駒になぞらえて上から
ロックエレクトロは短距離馬の称号の
付け加えると、
「それなりって言うんじゃね~よ~。あ~ん?これでもオレはナンバー2なんだぜ~!」
「確か、
と直樹はアレクサンドルアルテュールに聞いた。
「てめえぇええ!コラ!!何、馴れ馴れしくアレクサンドル様に聞いているんだ!!!」
「
AAはあっさりと答えた。
「ア、アレクサンドル様……こ、こいつとはどのような関係なのですか…?」
ロックは慌てふためく。
「諏訪直樹は、
「ぶっちゃけアレックスって、日本生まれなんだよね~。」
衝撃の事実であった。このことを知っているのは、アレックス、直樹、馬主のエミリー王女のみ。そして――
「……って言うか、何で
「
衝撃の事実であった。このことを知らなかったのはアブソぐらいだろう。
「
「ああ、なるほどね。そういえばそういうしきたりみたいのあったね。
…じゃあ、その左目は何だ?」
直樹は嘲笑うようにアレックスに聞く。
「見てわからぬか?」
アレックスも嘲笑う。
「いや……生まれたときはもしや…と思ったが、今はマジか…って思うよ。」
「………フ。
そろそろお暇するとしよう。目的は果たした。
アブソリュート。次からは少しでも周りを見たほうが良いぞ。己の世界に没すると井の中の蛙になり得るぞ。我々は馬だがな。」
アレックスを筆頭にロックも戻った。
「あー、待った。お前にまだ聞きたいことがあるんだが。」
止めたのは直樹だった。
「ああぁああんん!!!まだ何か因縁つけようとしてんのかぁああん!!!」
ロックはブチ切れる。
「そうだぞ諏訪直樹。アブソリュートもロックエレクトロも疲弊している。また今度にしてはくれないか。」
アレックスが再び歩み始めるとき――
「お前、スキルいくつ持ってる?」
――脚は地についていた。
アブソは違和感を覚えた。アブソの知識だと、日本と違い、ヨーロッパ馬のほとんどの馬がスキルを持ち、スキルは1頭に1つのはず。直樹の質問の意味が理解できなかった。
「見えぬのか?」
「ああ、俺の相馬眼じゃあ今見えている2つと、誰にも見せずに隠し持っているスキルがもう1つぐらいしか見えないな。」
「……!
フフ、フハハハ!
まさかもう1つあることに気付くとはな!
ハハハ!
いやはや、諏訪直樹の眼を侮っていたぞ!」
「ああ、もう複数個スキルを隠し持っているんだろうけど、正確な数はさっぱりだ。」
「……!!!
ほぅ……諏訪直樹、
「ははは!けどさ、お前の右目『千年王眼』は究極の相馬眼で、俺たち調教師の相馬眼じゃあアレックスみたいに正確に見ることができないからさ、少しくらい教えてくれたっていいじゃないですか~。お・う・さ・ま!」
アブソは眉を無意識にあげた。
「……久しぶりの再会だ。答えは教えんが、ヒントは教えよう。
開眼していぬスキルが複数個存在する。」
「ああ、どうりで。変に、もやっとしたスキルがあるなあ、と思ったよ。
あと、もういっこ質問いい?」
「てめえええええ!!!!!いい加減にしろよ!!!こっちは疲れてるっつってんだろうが!!!!!」
「いや、お前が勝手にブチ切れして疲れてるだけだよな。」
「ロックエレクトロが勝手に体力を使っているだけだ。」
「……………。」
直樹とアレックスはそうツッコむ。アブソはさっきからずっと無言だ。
「それで、もう1つの質問は?」
アレックスは話を戻すと、直樹は少し咳払いをして、落ち着かせるように深呼吸を数回してから話した。
「エミリーは俺をまだこの国の王にしようとしているのか?」
「ファ~ッ?」
衝撃の事実であった。あまりの衝撃にロックは腑抜けた声を出す。
「……王座につかせるか知らんが、好いているのは確かだ。」
「マジか………あのロリババア……。」
アレックスはあっさり答え、直樹はため息をつく。
「あとはいいのか?」
「………ああ、いいよ。ありがとう。
……はぁ~~~~~…マジ会いたくねぇ~~~…。」
「待て、まだだ!」
アブソがようやく口を開いた。
「ロックエレクトロ。お前さっき、『いきなり
「ああ!言ったぜ~!」
「明日、お前を倒す!!」
空気は緊張していた。もしこの場に田辺厩務員がいたら、日本ダービーのときのように失神しながら何かしらの行動をしていただろう。そして、ロックは答える。
「明日~?おい、お前……世界をなめるな!!!
日本で最強かもしれねぇが、絶対領域に到達してねえやつにこの俺が負けるはずねえだろが!!!」
「いやそれ、負けるフラグ………。」
直樹が引き気味に言うと、ロックは真顔で答えた。
「フラグ~?それを折るのが俺たちだぜ。」
アレックスとロックは去った。
「アブソリュート君。君は…勝算があるのかい?」
直樹は冗談混じりに聞くとアブソは、ない、と答えた。
「………まぁ、とりあえず……明日に備えて、散歩する?」
「ああ」
直樹は平静を装っていたが、内心不安だった。
(アブソはチャレンジ精神で猪突猛進型だから『ない』って言ったけど、正直なところ…ホントにないんだよなぁ……。
現時点でスピード以外はロックに勝っているけど………それに打ちのめされなければいいが……。)
一方、ロックは爆笑していた。
「『明日、お前を倒す!!』だってよ~!
アハハハ~!!笑っちゃいますよね~!
ハア~…ぶっちゃけ、あのアブソリュートっていう馬はどうなんですか~?貴方様の弟だけあって強いんですか~?」
「現時点でスピード以外、ロックエレクトロより上回っているぞ。」
「ハッ!!それはなかなかじゃあ~ないですか~…。まあ~オレに勝てなくても、善戦くらいはするってぇ~ことですね~!」
「油断するなよロックエレクトロ。現時点でだ。アブソリュートの今の成長速度なら1ヶ月で貴様を上回ることが可能だ。」
「マジで!!!?ッッシャァアアア!!!やっとオレと対等のヤツがでてきた!!!!!」
ロックは心底喜んだつかの間、急に静かになった。
「アレクサンドル様とは…対等の相手ですか?」
一時の間。アレックスは少し思い詰めた顔をして小さく口を開けた。
「いや……………。
ただ……おおよそ、来年の3月には対等であろう……。」
「そうですかい。」
(来年、
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