GALLOP

ジャンゴ

第0話 プロローグ

 10月、『フェイト』という日本馬が世界最高峰のレース「凱旋門賞」に果敢に挑んだ。

 この馬は、日本のクラシックレース『皐月賞』『東京優駿(日本ダービー)』を含む全レースハナ差ながらも無敗で勝利した。

 そして、陣営はクラシック最後のひとつ『菊花賞』へ向かい、『ディープインパクト』以来、11年ぶりの無敗のクラシック三冠に周囲が期待しているなか、あえて凱旋門賞に出走した。

 凱旋門賞、ロンシャン競馬場 芝2400mで行い、1920年に創設され、現在まで一度も欧州以外の国で調教を受けた馬が優勝したことはない。

 日本馬では、『エルコンドルパサー』『ナカヤマフェスタ』『オルフェーブル』の2着が最高順位である。

 フェイト…英語訳で、『運命』。日本競馬界の悲願、凱旋門賞勝利の運命に導いてくれるのか!?


 その年の凱旋門賞は、入場者数は約5万人。うち日本人は約5千人が集まり、フェイトの勝利を願った。

 フェイトの単勝オッズは、18頭中3番人気4.3倍とこの馬の成績にしては、やや評価が低かった。

 それもそのはず、世界最高峰のレースということもあり他の馬も強く、人気を分け合っていた。


 1番人気1.7倍 フランス馬『コンスタンティノープル』

 この馬は、2歳、3歳ともに成績が振るわなかった。

 4歳になり、放牧が明けて春になり、別の馬のように馬体が成長した。

 古馬初戦、GⅠ『イスパーン賞』に出走。8頭中8番人気と全く期待されていなかったが、3歳まで追い込み策だったが、今回から先行策に転じ、3馬身差で快勝した。

 続いてGⅠ『サンクルー大賞』に出走。前走の1850mから2400mに延びたからか、5馬身差の勝利だった。

 そして、凱旋門賞と並ぶ世界最高峰のレースGⅠ『キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス』は他馬を寄せ付けず、7馬身差の圧勝だった。


 2番人気3.4倍 イギリス馬『サーペンダー』

 この馬は、5戦3勝2着2回の成績で本場イギリスのダービー『エプソムダービー』に出走し、2着との差はハナ差で辛くも勝利した。

 続いてアイルランドのダービー『アイリッシュダービー』をまたハナ差だったが、これで2か国ダービーを制覇した。

 そして、古馬との初対戦、キングジョージに出走するも、コンスタンティノープルの2着、しかし、3着との差は5馬身差だった。

 そして、GⅡ『ニエル賞』、本来はフェイトが出走予定だったが、体調不良により出走を取り消した。それにより、サーペンダーが単独の1番人気1.1倍で7馬身差の圧勝だった。


 4番人気以下は、16.5倍、17.6倍……と、上記の馬で3強を形成した。


―そして、運命の時。


 ゲートが開き、スタートした!!

 先頭はコンスタンティノープル、2番手にはフェイト。フェイトはいつもは中団待機の競馬をするが、ヨーロッパ競馬は、日本競馬の速いペースとは違い、ゆったりとしたペースになりやすい。

 押し出されるように2番手になり、いつもの競馬が出来ないことに戸惑いを隠せなかった。サーペンダーは、12、3番手で待機し、自分の競馬に徹した。

 フェイトは、400m過ぎた辺りから落ち着きを取り戻した。

 1000m通過タイムは61秒5、日本では遅いが、ヨーロッパでは平均的なタイムで通過。

 第3~第4コーナーの「フォルスストレート(偽りの直線)」に入った。この直線は650mあり、最後の直線は533mあるにもかかわらず、サーペンダーはゆっくりと動き始めた。


―最後の直線!!先頭はコンスタンティノープル、2馬身のリード。2番手はフェイト。

 サーペンダーが並びかかる!並んだところでフェイトが仕掛ける!

 残り400m!!フェイトとサーペンダーがコンスタンティノープルをかわし引き離しにかかる!!

 残り300m!!コンスタンティノープルが仕掛け、怒涛の勢い!!

 残り200m!!残り100m!!!並んだ!!並んだ!!!並んだぁぁあぁあぁあぁああああああ!!!!ゴールイン!!!!!


 ゴール板、サーペンダーがアタマ差体勢不利か!?

 コンスタンティノープルとフェイトのどちらが制したかというところ。

 日本陣営は、「またハナ差か」と思いつつも勝利を願った。

 5分…10分…20分…30分……なかなか決着がつかず、緊張が収まらない。

 40分……そして……ゴールしてから約46分後確定ランプがついた!!

 なんと!!コンスタンティノープルとフェイトの差は「同着」!!「同着」という結果に!!!!!

 凱旋門賞史上初「1着同着」という結果になり、そして!!!日本競馬史上初、凱旋門賞制覇!!!!!

 日本の競馬ファンは、手放しで喜んだ。

 その後、フェイトが日本に帰国し、ファンから称賛の嵐を受けた。


 次走、『ジャパンカップ』出走。凱旋門賞を制したこともあり、圧勝を期待されたが、ハナ差で勝利した。

 続いて、年末に行われる『有馬記念』もハナ差で勝利した。


 翌年1月、芝の世界最高峰のレースを制したフェイトは、ダートの世界最高峰のレース『ドバイワールドカップ』に出走を予定した。

 その前哨戦として、GⅡ『中山記念』に出走予定だったが、『屈腱炎くっけんえん』という不治の病を発症し、引退を余儀なくされた。(ただし、屈腱炎は死に直結する病ではない。)


―この物語は、その子供の話。

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