異界への門

金曜日の朝。きしんだ身体を起こしてベッドからい出し,身支度をととのえる。


いってきます。


いつも通り,誰もいない部屋にそう声をかけ,玄関のドアノブに手をかける。と,突然,キーンと強い耳鳴りがした。一週間の疲れが蓄積しているのかもしれない。明日は休日だが,どこへもかけずにゆっくりと休むのが得策だろう。目をつぶり,そう考えながらドアを開けて一歩を踏み出した。


目を開けて顔を上げる。目の前にいつもの見慣れた通りが……なかった。


え。


視界の先には,真っ白な地面がはるか彼方までつづいていた。建物も何もなく,ただ白い地平線が延々とつづいている。その地平線の上には,濃淡がまったく見られないベージュの空が薄ぼんやりと光っていた。


なに,これ……。


慌てて振り返る。しかし,そこにあったはずの自宅はどこにもなかった。たった今開けたばかりのドアもきれいさっぱり消え去っていた。そこにはただ,地平の彼方まで白い地面が広がるだけだった。


しばらく呆然ぼうぜんと立ち尽くしていたが,何が何だかわからない。とにかくここから出る方法を考えなければ。そう思い,なかば無意識にスマホを取り出す。しかし反応がない。電源ボタンを押そうが何をしようが,画面は暗いままだった。


どうする? 

ただここにたたずんでいてもどうしようもない? 

どこかに出口があるだろうか?


仕方なく,ただ歩きはじめた。

1時間ほども歩いただろうか。白い地平線の先に,青い何かが見えた。何もない世界にはじめての物体。夢中でそこへ向けて駆けた。


それはドアだった。近づき,その形がはっきりとわかったとき,猛烈に安堵あんどした。なぜならそれは,見慣れた自宅のドアだったからだ。白い地面にただぽつんと青いドアがだけが立っている。ドア以外には何もない。しかし,それを開ければ,いつもの世界に戻れることをなぜか確信できた。


ドアノブに手をかけて,ゆっくりと押し下げ,開けた。


開けたドアの先には,毎朝目にする見慣れた通りの景色がそこにあった。あまりの安堵感に思わずひざをつく。振り返ると,そこはまぎれもなく自宅の玄関だった。スマホはいつも通りに動いていて,画面には07:52と自宅を出たときの時刻が表示されていた。白昼夢,か……? やっぱり疲れているのか。彼はふっと息をいて,立ち上がり,会社のオフィスへ向かい歩き出した。





その日から 彼は死ぬまで 誰ひとりとして ヒトに出会うことは なかった。





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