赤い陽炎

ぼんやりとかさをかぶった月が浮かぶ夜。その月明かりの下,いつもと同じ代わり映えのしない通りを自宅へ向けて歩いていた。


あと一つ角を曲がれば,自宅へ帰り着く。そのとき,その視界の端に違和感を覚えた。正面右手の電柱の下に何かある。足を止めて目をらす。


《それ》は,陽炎かげろうのようにらいで見える何かだった。



目を凝らす。



しかし,《それ》の輪郭りんかくはぼやけていて形がはっきり定まらない。ほのかに赤いが,背後の電柱がうっすらとけて揺らいでいる。



目を凝らす。



もやもやと揺らぐ《それ》は,じわじわと少しずつ大きくなっている気がした。



目を凝らす。



……。

…………。

……………………。

…………………………………………。



次の瞬間,《それ》は急速な勢いで巨大化を始めた。見る間に周囲を覆い尽くし,体が反応する間もなく飲み込まれる。そして,視界が赤く染まる。空も月もすべてが赤く染まる。


すべてを飲み込んだ《それ》は,気づくと後方のはるか彼方へ飛び去っていた。そしてまもなく《それ》は見えなくなった。


私の全身は,真っ赤な何かで,ずぶれだった。




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