第21話「終わったよ」
その時、ふいにキャプラから連絡が入った。
「四体ともストレンジャーだった。応援も手配しているが、正直この時間では期待できそうにない。悪いが君たちだけでやってくれ」
「……だとさ。全く、人使いの荒い連中だよな」
彼女は返事も返信もしなかった。
「ほら、殺ろうぜ。話は後にしよう」
ただ魂の抜けた人形のような表情をしていた。
よろい窓を開けると月の光と共に夜風が入ってきて、彼女と俺との間に吹いた。
さんに腰掛け、プールにでも入るかのようにソッと飛び降りた。
ロキシーも後に続いた。
「さて、どうする? 」
これまでにないほど体が軽かった。命が軽いと言い換えてもいい。
破れかぶれだった。自分の命を値踏みして押したり引いたりする必要がなかったから。
「取り敢えず一人一体相手をするとして、後ろの二体は『堅牢』に閉じ込めておきましょ」
キャプラの奴、寝ぼけて座標を間違えてくれるなよ。
「足止め出来る時間は十分よ。それまでにカタをつけて」
「じゃあ、タイミングのいいところでやってくれ」
眼前ではまさに今、奴らが化物へと変身していた。
俺はハンドガンを出して後ろを歩いていた奴らに一発ずつ撃つと、距離を詰める為に跳躍に跳躍を重ね、右の大きなストレンジャーの顎をその手で打った。
ほとんど奇襲とも言える俺の攻撃に、ストレンジャーたちは慌てふためいていた。
「ちょっと、突っ走んないでよ」
ロキシーが並んだ。
「ちゃんとコンビで動いて」
「それより壁は出現したか? 」
答えを聞くまでもなく、後方の二体は立方体の透明な空間で足止めを食らっていた。
さて、俺の相手、角が巻き気味のそのストレンジャーは、体勢を立て直すと嵐のようなラッシュを打ってきた。
俺が奴らとこれ程までに正々堂々対峙するのは、テスト以来初めてのことだった。
いつもは暗殺なのでその必要がないからだ。
そいつは確かにあのもやしっ子よりもスピードは早かった。
パワーもあり腕も長かった。
しかし俺は既に奴の懐に入っていたので、その長所の少なくとも一つは潰していた。
俺の頭の中にはストレンジャーと戦うにあたってある一つの形があった。
それはテストの時の経験を生かし、更に発展させたものだった。
まず奴の攻撃を手のひらや腕で受ける。
そしてそれを都合のいい方向へと流してやる。
これを繰り返すことで隙のない攻撃にも僅かに隙が出てくる。リズムのズレと言ってもいい。
ここまでは前回とさして変わりはないのだが、今回俺はハンドガンではなくデリンジャーを出現させることにした。
ハンドガンより小ぶりの銃だ。
これは威力が落ちる為あまり使う人がいないという話だが、俺は手のひらにすっぽり収まるその小ささに魅力を感じていた。
ストレンジャーの両腕が見事に左側に流れた時、最初のチャンスが訪れた。
俺は小さくフックを打つ体勢を取ると、つま先から膝、腰、肩にかけて次々にギプスをはめていった。それは他から見たら、体の上を煌めく水銀が流れていくように見えたかもしれない。
それから殴る要領で拳を当てると、一緒に引き金を引いた。
ギャッと化物が悲鳴を上げた。食いしばった牙と牙の隙間から息が漏れた。
それは致命傷にはなりえなかったが、ダメージはダメージだ。ハンドガンよりも隙が出来づらく、このレベルの化け物相手でも通用したのが嬉しかった。
この攻撃は、敵の攻撃とほとんど同じタイミングで決まる。奴が打ち、俺が流してデリンジャーを撃つ。スローで見れば段階はあるものの、生で見る限りでは相打ちみたいに見えた。
正に攻防一体のものだった。
これを繰り返していくと、段々と化物が攻撃するのを渋るようになった。
奴からしたら絶対にもらうカウンターなのだ。ならば打ちたくないと思うのも当然だろう。
とうとう化物が本当に攻撃を止めてしまい、二三歩下がると助けを求めるかのように後ろの一体を見た。
そいつがボスなのだろう。
ボスは堅牢の中で盛んに何かのゼスチャーをしていた。
「前を見ろ! 怖気るな! 」
そうとでも言っているのだろうか。
化物が渋々前を見た時、その目に俺の出現させたキャノンが映っていた。
慌てたところでもう遅く、哀れにも奴の頭は爆発。周囲に肉片が飛び散り、血はシャワーのように俺の頭上へと降り注いだ。
そのままロキシーの相手を確認。既に弱っていたのでこれはいい。
堅牢が解除されるまでにはまだ時間が残っていたので、俺は精神を落ち着かせることにした。
「マリー、調子はどうだい? 」
マリーは高ぶっていた。とても精神を落ち着かせるどころではなかった。
俺は考えを改めた。
俺は禅僧じゃない。あんなに高尚になんてなれないし、特に今夜は到底無理だ。
そこで俺は血の臭いが誘う方へと身を委ねることにした。するとえも言われぬ高揚感が湧いてきて、背筋がゾクりとざわめいた。
「おい、後何分で解除される? 」
「一分切ったわ」
「正確に言えよ」
「四十五秒」
じゃあ今は四十四秒か。
俺は時計を見ながら二体のうち一体を選んだ。先ほどのボスだった。
「遅いな」
ロキシーはまだ戦っていた。三十秒を切った。
「そっちが早いのよ」
今夜の彼女は俺とは逆に体が重そうだった。さっきのことで動揺しているのだろう。
「手伝おうか? 」
「大丈夫よ。それより解けた後のことを考えて」
それはもう考えている。残り二十秒。
「なあ、なんでマヤのこと教えてくれなかったんだ? 」
ロキシーは無言だった。残り十秒。
「最初からマヤのことが知りたくて俺に近づいたのか? あの出会いですら偶然じゃないのか? 」
「あれは本当に偶然よ。だからあの時は本当にびっくりした」
残り二秒。彼女は答えなくない方の質問にはとうとう答えてはくれなかった。
俺は右腕を前に突き出すと、子供がよくするように手で銃の形を作った。
それからずっと我慢し我慢させていたものを解き放った。
マリーが俺の腕をその身で覆い、
「
手にはキャノンが形作られた。
ゼロ。
全ては一瞬だった。
堅牢が消え、ボスがその右足を前に出す。同時にキャノンから弾が放たれ、スイカのように奴は
呆気ない。これが映画なら客が帰ってる。
「ついでだ」
時間に余裕があったのでもう一体の方も殺しておいた。
奴は既に戦意を喪失していたが、俺の知ったこっちゃない。
ヨロめいて倒れてクタばる寸前まで、奴は自分の胸に空いた風穴を覗き込んでいた。
心臓でも探しているのかな?
それなら俺が潰しちまったよ。
振り向くとロキシーが戦闘を終えていた。
「風呂、入っていいかな? 」
彼女はまた何も言わなかった。
「シャワーが浴びたいんだ」
ただ唖然とした表情で俺を見ていた。
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