第17話「崇拝していると言い換えてもいいかな」
午後の授業はどよめきから始まった。
正宗が紹介されると予想通り男子と女子とで正反対の反応に出た。
女子はキャーキャー黄色い声を上げ、男子は不貞腐れて授業にならなかった。
授業が終わると正宗の席に女子が集まって質問攻めをしていた。
余った男子の態度を見て、大げさかもしれないが彼が俺の楽園を壊してしまうのではないかと不安を感じた。
「すごいわね。みんな目がハートじゃない」
ロキシーが目を丸くさせながら言った。
「他のクラスからも見学者が来てるわよ」
「お前らはいいのか? 」
拓実がロキシーとマヤに向かって言った。
よくぞ訊いてくれた。
この時ばかりは拓実を抱擁してやりたかった。
「別に、興味ないしね、マヤ」
「うん。それよりさ、お泊まり会のこと話そうよ」
いつの間にお泊まり会になったんだ?
それから俺たちがワイワイやっていると、正宗が俺たちのところにやってきた。後ろには女子を引き連れてだ。
「なんだよ。自慢でもしに来たのか? 」
拓実の好戦的な態度に正宗は苦笑した。
「俺たちは俺たちだけでやるから、お前はそいつらとせいぜい仲良くやんな」
「どうやら嫌われちゃったみたいだね。でも僕としては君たちと仲良くやりたいんだよ。興味があるんだ」
「なんだよ。俺に興味があるのか? 」
「悪いが君にはないかな」
「じゃあロキシーに? 」
「綺麗な人だとは思うけど彼女にもまたないな」
正宗はおしなべて女性の扱い方が上手かった。
「じゃあマヤにか? 」
「うん」
「マヤに興味があるのか? 」
「そう。僕は彼女に興味がある。僕は早乙女マヤ、君に好意を抱いている。崇拝していると言い換えてもいいかな」
女子たちの悲鳴とも歓声ともつかぬ叫び声の中、マヤだけが一人キョトンとしていた。
◇ ◇ ◇
正宗が現れてからというものクラスは三つに分割された。女子と男子と俺たちだ。
女子たちは正宗を囲んで毎日楽しそうにしていたが、その分男子が割を食い、俺たちは俺たちで勝手にやっていた。
正宗は頻繁にマヤに話しかけてきたが、あの調子だ。マヤとはとてもじゃないが会話が噛み合わなかった。
そして正宗の転入以来初めての週末が訪れた。
「ねえ、今日はどうする? 」
ロキシーが俺の顔をマジマジと眺めながら訊いてきた。
「なんだか最近すごく頑張ってたし、疲れているなら休みにしておく? 」
「そうしてもらえると助かるよ」
マヤの乗った電車を見送りながら俺は答えた。
「それでさ、代わりに映画でも行かないか? ちょっと観たい映画があるんだよ。一人じゃ入りづらいしな」
「家に帰って寝たほうがいいんじゃない? 」
「このエネルギーは別腹みたいなもんなんだよ。仕事は勘弁だが遊ぶ体力はまだ残ってる」
「うーん」
ロキシーは迷っているようであった。
「ここ最近頑張ったご褒美だと思ってさ」
「お給料は出てるんでしょ」
「やってることから考えたらあんなの雀の涙だろ」
「マヤはいいの? 」
「なんでそこでマヤが出てくるんだよ」
「本当に気づいてないの? 」
俺は無言になった。
「やっぱり気づいてるんだ」
「マヤはお前にそうだと言ったのか? 」
「女の子同士だとそう言う話にもなるからね。言ったよね。私、マヤのこと妹みたいに思っているって。だから彼女の傷つく顔を見たくないのよ」
「なんか……どいつもこいつもマヤばかりだな。あいつのどこがそんなにいいんだよ」
なんだろこの違和感……。
「俺だってそりゃ可愛い奴だとは思うよ。でもなんというか……」
みんなちょっとマヤのことを大事にし過ぎな気がする。
「たかが映画だぞ。二時間
「……そうよね」
「行く? 」
「……うん! 」
これだけ頑張って誘ったのにも関わらず、俺の選んだ映画はつまらなかった。
ムードもへったくれもなく、欠伸の回数だけが増えていった。
ほとんどいない観客も大半は居眠りするかスマフォをいじくっていた。
「悪かったな。こんな映画に付き合わせてしまって。もう出るか? 」
「いいわよ。どうせ出てもどこかの喫茶店に入るだけだから」
「見終わってもどこか行くつもりだったのか? 」
「意地悪ね。ここまで付き合わしといて」
「そりゃそうだけどさ」
自然と頬が緩んだ。
「何? 」
「正直この間はホッとしたよ。お前が正宗に興味がなさそうで」
「ひょっとして心配してたの? 」
「まあ拓実じゃないが、あっちに行っちゃうんじゃないかと思ってな」
「あら、私はまだ紙谷くんたちのグループに入ったつもりはないわよ。あっちの水が甘いなら行っちゃうかもね」
「尖った尻尾が出てるぞ。この小悪魔め」
「せいぜいいい条件つけてよね。学校で会った時にこの笑顔が見たいならね」
「笑顔なんて見せてたっけ? 」
「特に紙谷くんにはいっぱい見せてるわよ。イジけて仕事を放棄されるくらいなら安いもんだからね」
「俺ってそんなにイジけ易いかな? 」
「根が甘えん坊さんなのよ。親しくなるとすぐ甘えてくる」
「それは拓美だろ。断じて俺じゃない」
「そう? それならそれでいいわよ。せっかく甘えさせてあげようと思ったのに」
ロキシーは冗談っぽく髪をかきあげた。
俺は思わず言葉に詰まった。
「ちょっと、急に黙らないでよ! 」
冗談でもやっていいことと悪いことがある。
「ねえ」
とロキシーは少々照れながら言った。
「私のこと初めて見た時、どう思った? 」
おいおい、それを訊くか?
「殺されると思った」
「そうじゃなくて」
「バケモンだと思った」
「もう、怒るわよ」
「思わず見惚れた」
今度はロキシーが言葉に詰まる番だった。
「正直ああいう出会いじゃなかったら声をかけたかった。ナンパなんてしたことないけどね」
彼女は不意に俺に表情を悟られないよう顔を背けた。
「もう……出ようか」
それは恥ずかしがっているというよりは、困惑しているような感じだった。
どう答えるのが良かったのだろうか?
一体彼女は何を期待していたのだろうか?
もしかしたら大して考えずに冗談で訊いたのかもしれない。
そうすると空気を読めなかったのは俺の方か?
「じゃあね、また明日」
彼女はまるで逃げるようにして去っていった。
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