昔、本当に言われた事
勧善寺藍
第1話
「子供を産むって、とても素敵なことだから。あなたには絶対にできないし。
だから全然大変じゃないわよ。」
彼女はそういうと、小皿の肉をたいらげてしまった。
ぼくはただ、肉をかっこむさまを眺めていただけだった。
今から少し前、まだケータイがみんなガラケーだったころの話。
僕は中途入社でとある通信営業会社にいた。
結婚、出産のため退社する人がいるため、補充されたわけだ。
前任者はまだ若い女の人だった。
童顔で小柄のため、実年齢よりも若くみえた。実際、僕より年下だった。
驚いたのが、彼女の仕事の出来栄えだ。
豊富な知識に、自信に満ち溢れたセールストーク。自分よりもはるかに年上の人にも物おじせず意見する。
絵にかいたようなキャリアウーマンだった。
正直、「仕事力のレベル」は彼女とそんなに変わらないだろうと思っていた。
幼さの残る容姿に、たかをくくっていた僕の安い自信は崩壊した。
自分ではまったく敵わないレベルだ。
入社してからしばらくして、引継ぎのために二人で得意先へあいさつ回りへ出かけた。
昼食はそのまま外で摂ることになった。
二人して鍋焼きうどんを頼んだ。
先輩は風邪を引いてるらしく、たびたびハンカチで口を押えては咳き込んだ。
「風邪薬飲まないんですか?」との僕の問いに
「妊娠中だから飲めないのよ」と先輩は答える。咳の出過ぎで目に涙が浮かんでいる。
「妊娠って大変ですね」と僕は言った。同情して言ったつもりだった。
しかし、先輩は「上から目線」で言われたと感じたのか、むきになって僕に言った。
それが、冒頭の言葉だった。
僕は絶対に子供は産むことが出来ない。
別に産みたいとも思わなかった。
つわりはきつそうだし、出産のときは死ぬほど大変そうだし。
だけど、先輩にそう言われて、なんか女の人がうらやましくなった。
食事のあと「アイス食べたい!」と先輩が言うので、一緒に食べた。
「出産祝いにおごりますよ」というと、喜んでおごられてくれた。
笑顔でアイス食べてる先輩は、まだ少女そのものだった。
その後、先輩は予定どおり寿退職。それからは一度も会っていない。
元気してるかなあ。
昔、本当に言われた事 勧善寺藍 @kannzennji-ai
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