Lv36「猫大統領、寿司を食う」前編

商国は商売に適した位置にある島国だ。

世界中の船が、そこを通り、金・物資・人・情報を降ろし、とても富んでいる。

一応、民主主義だがニキータ家による開発独裁制が敷かれており、経済の発展のためならば、人権なんて無視しても良いという事が罷り通っていた。

ニキータ家のやり方に反抗する者は、民事訴訟を起こされて、膨大な賠償金を吹っかけられて遠洋漁船に乗るしかなくなる。

そう――このニキータの甥のように。

貫禄のある黒と白のまだら模様が特徴的な若い猫人だ。若さゆえに『特定の思想』に熱い情熱を向けていて、目が真っ赤に輝いている。

しかし、現実の身体は、両手を後ろ手に、手錠で縛られて、ニキータの目の前に転がされていて何もできない猫に過ぎなかった。

太った金髪の猫人であるニキータは、そんな哀れな甥をオカズに――


「マグロ寿司は美味しいにゃー」


紅くて新鮮なマグロの寿司を食べていた。

しかも、プロの板前を自宅へ呼んで、直接握らせる豪勢っぷり。

寿司に使う魚が傷まないように、小型の移動式冷蔵庫が使われていて、金がかかっている。

板前が使う包丁裁きも伊達ではない。魚を切断する際に、細胞を潰さずに、綺麗にバラバラにしている。

おかげで寿司一つを握ってもらうだけで、1万アヘンという労働者の日給相当の価値がある。

ニキータは、その事を噛み締めながら、寿司を口の中で噛み砕いた。


(にゃー、細胞が潰れてないから、マグロの血が滲んでなくて美味しいにゃー。

良い腕前をしているにゃー)


金が有り余っているニキータは、マグロの舌の上で脂が溶ける甘い味わいを堪能し、新しい注文を入れる。


「次は、イクラ親子の軍艦巻を頼むニャー。

あ、ウニの握りも作って欲しいにゃー」


「空腹の俺の前で、食事して美味しいか!?」


今まで黙っていた甥が叫び声をあげた。

ニキータが、甥を甥という名称で認識しているのは、特に彼個人に期待もしてないし、全く興味がないからだ。

名前は一応、覚えているが『不良債権』という印象の方が強すぎて、見ているだけで不快感を覚える。


「甥っ子殿、お主がどうして、ここに呼ばれたか分かるかにゃー?」


「お、俺を殺すんだろう!?」


甥の疑問に、ニキータは眼光を鋭くして、作り笑顔を維持しつつ答えた。


「吾輩は、甥っ子殿にどうしてここに呼ばれたのかと、聞いているのにゃー。

就職面接で、面接官と応答できない子は、会社で働けないにゃー。

アルバイトすら受からないにゃー」


「……」


「にゃー、黙っているにゃー?

これじゃ一発で面接不合格にゃー。

社会人失格にゃー」


「……叔父上と、悪の帝王が繋がっている証拠を持ち出そうとしたから」


「そうにゃ、よく理解できたにゃ。

マグロの刺身をあげるにゃ。

近海で取れた油モリモリの高級マグロで美味しいのにゃ」


そう言って、ニキータはマグロの寿司を床へと放り投げて、価値を生ゴミへと変えた。かなり勿体ない。

甥は、自分を拘束し、食べ物を粗末にするニキータを憎悪し睨み、叫ぶ。


「叔父上は、なぜっ!人類の敵に共産国を売ったのですか!

これは全世界に存在するっ!生者への裏切りです!」


「にゃにゃにゃ。

商人はお金を払ってくれるお客さんを大事にして当たり前にゃ。

共産国は貧乏人だらけで、市場としては美味しくないのにゃ。

帝国は世界基軸通貨を持っている上に、市場が超広大で美味いにゃー。

計りの天秤にかけなくても、それは明らかにゃ」


「ですが!あの地では富は平等に分配されている理想郷――」


ニキータは、高いマグロ寿司を投げようかと一瞬思ったが、勿体なくて安いサンマ寿司を甥に投げつけた。

そして投げながら思った――この寿司。サンマを熟成させて、酢で完璧に仕上げた美味しいサンマだから、やっぱり高級品だ。勿体ない。

でも、折角、床に放り投げたのだから無駄にはしたくなかった。


「食べ物がもったないから、その寿司を食ってろにゃー。

それに、共産主義で飯は食えないにゃー。

甥っ子殿は資本主義の恩恵を得て、大学に通えて、ゴージャスな学生ライフを送って幸せだったはずにゃ?

なんで貧乏人がハマりそうな思想に共感するにゃ?

何か不満があるのにゃ?」


「富が偏っている商国の社会は完全に間違っているからだ!

富が平等に分配されない社会は、大勢の不幸な人を産む!

俺はそんな社会は嫌だ!

叔父上!考え直してくれ!」


甥が叫ぶ。寿司は床に落ちたままだ。

商人の子供としては、これはどうなのだろうかと、ニキータは不安に思う。

わざわざ大金を払って、秘密を守ってくれる板前を呼び、作らせた寿司が勿体無い。

ニキータは床に落ちたマグロ寿司とサンマ寿司を拾い、食べながら、甥に金持ちの倫理を『適当に』説明してやった。


「にゃー?

資本主義の神様が言っていたにゃー。

神の見えざる手が、富を再分配してくれるからワンチャンスって言っていたにゃー。

問題ないのにゃー。

本当に、神様ってありがたい存在にゃー」


「そんなものは存在しない!」


「甥っ子殿が着ている衣服は、誰のお金にゃ?

一族が出した利益で買った高級毛皮コートを誰の金で買ったにゃ?

資本主義の神様と一族に、感謝すると良いにゃー」


「……」


「お前が着ている衣服、食べ物、家、女友達……それらは全て、吾輩達が与えたものなのにゃー。

どうやら無駄な投資になったみたいで残念にゃー。

民事訴訟を起こして、全財産を剥奪して、一族から追放にゃー。

明日からマグロ漁船にでも乗って頑張るにゃー。

就職先を紹介してあげる優しい叔父でごめんにゃー」


ニキータは、己の優しさに感動して震えた。

マグロ漁船といえば、めっちゃ大金を稼げる素晴らしい職業。

体力が必要だが、漁師間のコネもできるし、3年も働けば、中古の漁船を買えるくらいの金は貯まて手堅い商売だ。

普通なら、漁師間の利権問題で、新規参入が難しい分野でもある。

しかし、甘やかされて育った甥は、そんな優しさを理解できてないようだ。


「この外道!

労働者を踏み台にするクズ!」


なんで、甥に良い就職先を紹介しているのに、ニキータが怒られているのか、分からないが口調を変えずにからかうことにした。


「にゃっはははは。

負け犬の遠吠えは見苦しいにゃー。

マグロ漁船で稼いで、立派な男になって可愛い嫁でも見つけて頑張るにゃー」


「どうして!どうして!

叔父上はっ!ワルキュラみたいな大魔王を支援するんだ!」


「それは長ーい話になるのにゃー。

マグロ漁船の乗組員A殿は聞きたいかにゃ?」


「乗組員A殿……!?

……き、聞きたい!」


甥は屈辱を感じているようだった。

共産主義も資本主義も、労働者を侮蔑する思想ではないはずだが、やっぱり、金持ちらしい生活をしているせいで、汗水を垂らして働く職業に抵抗を感じているのかもしれないなぁと、ニキータは甥の将来に、貧乏神の存在を感じた。

一応、実の妹の息子だから、薬物中毒になったり、自殺でもされたら、妹夫婦の抗議が怖い。

更生してくれると嬉しいのだが。


「聞いたら、機密保持のために、爆弾付きの首輪をプレゼントするにゃ。

惑星上の何処にいても、吾輩がスイッチを入れたらドカーンと爆発するけど良いかにゃ?

もちろん、首輪を外そうとしても爆発するにゃ」


ニキータは言いながら、そんな高性能な首輪持ってねぇよーと、内心でツッコミをいれた。

だが、甥は商国の技術力を過大評価しているのか、すんなりと信じた。


「それくらいの覚悟はある!」


「本当に良いのにゃ?」


「くどい!」


「本当に本当に良いのにゃ?」


「男に二言はない!」


この共産主義に向ける情熱を商売に向けてくれたらなぁと、ニキータはこの世が自分の思う通りに進んでくれない理不尽さを呪い、ただの首輪を甥の首に嵌めたのだった。








後編に続く

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