Lv34「狐娘とテレビと児童車」後編

人生最大の危機に着面したキーニャン。彼女の狐な脳味噌は、走馬灯を見たかのようにフル回転した。


①扉を開けずに時間稼ぎ♫

✖ワルキュラ様が転移して入ってくる。私、死ぬ


②巫女服を脱いで色仕掛け♫

✖骸骨相手に、なにそれ怖い。


③助けを呼ぶ。

✖悪の帝王を倒せる学生っているの?劣等生で世界最強なお兄様なの?


④すぐに扉を開けて誤魔化そう。

✖テレビ壊れてるけど良いの?


現実は儚かった。

キーニャンは、緊張しながら「も、もっふぅ……」と呟きながら部屋の扉を開ける。

するとそこには――当然のように、真っ赤ローブを着た巨大な骸骨が立っていた。

何もない眼窩が真っ赤に光っていて、まるで殺人光線のように見える。


「着替えでもしていたのか?

いや、女性にこういう事を聞くのは失礼だったな、すまぬ、キーニャン」


「ワ、ワルキュラ様?

な、何か御用でしょうか?」


「うむ、テレビのバッテリーの事なのだがな……。

どうした?背伸びして?」


キーニャンが爪先(つまさき)を立てて、部屋の中が見えないように苦労していることが簡単にばれてしまった。

それ以前に。ワルキュラの背丈は巨人みたいに大きい。

全く視界を遮る障害物として機能していない。

キーニャンは、涙目になりながら、その事に気がつき、大声を上げて誤魔化す。


「い、いえ、気にしないでモッフフです!」


「う、うむ……モッフフなのか……?」


「はい、モッフフです!」


「話を戻すが、テレビのバッテリーの電力が尽きたら俺に言ってくれ。

俺の魔力ですぐに充電してやろう。

一般常識かもしれないが、発電所で使われている動力は、俺が提供している魔力なのだ。

魔力を電力に変換する事で、電気インフラは機能している」


「も、もっふぅ……?」


何を言っているのか、キーニャンにはさっぱり理解できなかった。

発電所?なにそれ美味しいの?

そもそもバッテリーってなに?

電力って、なんだろう?とっても怖い呪いエネルギー的な何か?

え?機械って、そんな怖いエネルギーで動いているの?


「も、もっふぅ……?」


「うむ、常識すぎて今更、言う必要はなかったようだな……」


「あ、はい……そうですね?」


「子供でも知っているような常識を話して悪かったな。

別にキーニャンを馬鹿にしている訳ではないのだ」


「もっふぅ……」


子供でも知っているような常識?

キーニャンは自分って意外と無知なのかもと思って、狐耳が下に垂れた。

まだ、テレビをぶっ壊した事実がばれてないのが幸いだが――


「そうだ、キーニャンに別の用があったのだ」


「も、もっふぅ!?」 


部屋に侵入されたらやばい。

テレビを破壊して、哀れな亡者達を解放した事がばれてしまう。

そんな事になったら、人権なにそれ美味しいの?って感じに、酷い陵辱を受けた後に殺されて、小さな箱に魂を封じ込められて強制労働させられちゃうかもと、キーニャンは焦りに焦りまくる。

だが、ワルキュラが続けて言った言葉は――


「知り合いの車メーカーの社長から『永遠の命に栄光あれぇー!』という謎の言葉とともに貰った自動車があるのだが……俺は車に乗らないし、転移して移動するから持っていても要らないのだ。

どうだろう?自動車は要らないか?」


「じ、児童車!?」


狐娘の脳裏に、小さな子供達が、馬の代わりに馬車を引いている地獄絵図が思い浮かぶ。

馬ですら苦しむ重労働を、子供達にやらせるなんて非道にも程がある。

きっと、何かの聞き間違いだ。そう、キーニャンは思いたかったが――


「うむ、自動車だ。

高級品だから驚いたか?」


「じ、児童で動く車なんですか?」


「いや、正確には半自動だな。操縦だけは運転手がやらないといけないぞ」


「い、要りません……!

私には、そんな車を使いこなせる自信がないです……もっふぅ……」


「要らないなら、転売してくれても良いのだがな……」


「て、転売!?」


ワルキュラの人間への扱いを聞いて、キーニャンは自分の体重がドッシリ重くなったように感じた。

小さい子供達を売買しているという話は、以前にも聞いた事があったが、哀れな子供達を文字通り『馬車馬のごとく働かせる』そんな酷すぎる現実に、心が病みそうだ。

ただでさえ、子供は力がないのに、圧倒的なパワーを持つ馬と同じ事をさせるなんて……もう児童虐待としか言えない。


「もっふぅ……可哀想……」


「可哀想……?よく分からないが、本当に自動車が要らないのか?

馬車と違って、道端で糞を出さないし、早くて快適だぞ?」


「い、いえ、要りませんっ……も、もっふぅ……

(そんな事のために、小さな子供達に、車を牽かせているなんて怖いよっ……!)」


「そうか……要らないのか。

どう処分したものか……」


しかも、容赦なく児童達を殺処分する気のようだ。

要らない道具は捨てずに、殺すなんて酷い。

やはり生者と死者の間には、深すぎる溝が広がっているとしか思えない。

価値観が根本的に違いすぎて、共に生きていくなんて不可能だ。


「わ、私が貰わないと(児童が)処分されちゃうんですか!?」


「うむ、部下に下賜しようと思う」


「そ、その部下さんは、子供に優しいんですか?」


「エルフとかに転生しないと、子孫を残せない奴らがほとんどなのだが……?」


そうだ。骸骨のワルキュラの部下だって、アンデットに違いない。

つまり、子供達は、無残にも弄ばされて殺されるのだろう。

出来ればキーニャンが子供を引き取りたかったが、そんな経済力は狐娘にはない。

孤児院に預けるという選択肢はあれど、児童車として扱われてきた子供たちを更生させる自信がなかった。

いや、もしかしたら――児童は、車の一部になっている。そんな嫌な可能性がキーニャンの脳裏を横切った。


「あ、あの、ワルキュラ様!」


「どうした?」


「じ、児童は、く、車の一部なのでしょうか?」


「自動……?ああ、車の動力の事か?当然、車体の内部に入っているが、それがどうかしたか?」


「も、もっふぅ!?」


子供達は、人間の身体を留めていない。

最悪すぎる事実を理解してしまった。

きっと、肢体をバラバラにされて、子供達は車輪とかになっているんだと、キーニャンは理解し、狐耳がピクピクと痙攣し、恐怖する。


(猟奇殺人鬼より怖いよっ……!

帝国じゃ、人間はきっと家畜程度の存在なんだっ……!

ああ、神様、魔王様、破壊神様、ワルキュラ様……!

誰でも良いから、悪の帝王を倒して……!)


「ところで、キーニャン」


ワルキュラの問いかけに、キーニャンの思考は現実へと帰還した。


「もっふぅ?」


「俺がプレゼントしたテレビの……ガラスが割れて壊れているようだが?」


「も、もっふぅ!?」


ばれた、殺される。いや、身体をバラバラにされて車の動力にされる。

そんな未来は容易く想像できる。

目の前の化物を怒らせたら、死ぬとか、拷問とか、生き地獄という言葉すら生ぬるいと思える地獄しか待ってないに違いない。


(もっふぅ!?もっふぅ!?)


命の危機を感じすぎて、キーニャンの思考は混乱していた。

もう人生詰んだ、終わったと本能で理解しちゃった。


「どうやら、相当の機械音痴のようだな……」


「もっふぅ?」


「確かにキーニャンには、自動車は必要ないようだ……うむ」


「そ、そうなんです!

徒歩は健康的で、経済性も素晴らしくてモッフフなんです!

(生き残れるチャンスだ!)」


「おや?床に落ちてるハンマーは何だ? 」


「あ」


「ま、まさかっ…… !キーニャン……お前はっ!」


ハンマーを回収して、倉庫に戻すのを忘れていた。

幾らなんでも、物証(ハンマー)が現場にあるから誤魔化し切れない。

テレビを意図的にぶっ壊した事を、ワルキュラがすぐに理解する事は明白だった。

キーニャンの今までの人生が走馬灯のように蘇る。

お父様の尻尾が、とてもモフモフして、モッフフーだった事。

お母様の尻尾も、大きくて柔らかくて、モッフフーだった。

可愛い弟の銀色の尻尾は、良い匂いがして、素晴らしい抱き心地でモッフフー。

死刑判決が下る僅かの間に、全人生を思い出せちゃった。


「キ、キーニャン……!番組のチャンネルを変更するために、ハンマーで叩いたのか……?」


「も、もっふぅ?」


「き、機械音痴とは、ここまで酷い物なのだろうか……?」


「あ、はい、そうです?」 


「機械の適正を0という概念を通り越して、マイナスに振り切っている狐娘を初めて見たぞ……。

恐ろしいな……何か呪いにでもかかっているのか?」


「もっふぅ……」


「困った事があったら、何でも相談するのだぞ。

俺は忙しいから、今日は帰るが、また三日後くらいに会おう」


そう言って、ワルキュラの姿が綺麗さっぱりに消えた。転移魔法による移動なのかもしれない。

どうやら、キーニャンは命拾いをしたらしい。

幸運の女神様は、愛らしい狐娘を見捨てはしなかったという事だ。


「もっふぅ……」


でも、学生生活をしながら、何度も命の危機に遭遇するのは、幸運なのだろうか?と、キーニャンは首を傾げた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る