第37話 想いを形に
今回の会場は市の体育館。バスケットコートと舞台くらいしかないだだっ広い空間には、大きなDJブース、パーテーションでジャッジたちとゲストダンサーの控え室が設置され、いくつものサークルが生まれるほどの三桁を越えるダンサーたちで少し狭く感じた。
名だたるダンサーとすれ違い、今回のバトルのレベルを痛感するが不思議と不安はなく、とても落ち着いて柔軟に勤しめた。
そして予想通り、チームで集まっているとヒソヒソと話し声が聞こえてくる。
「あれだよ。この前の記事に出てたStrange Ace。思ったより小さいな」
「あの一番小さいのが不在だったリーダーか? なんか弱そうだよな。ビッグベアーのほうがリーダーっぽい」
「ファイヤーフォックスのマチもいるぞ。着替えてないし不参加か。助かったぜ.....おい! 横にいるのノーネームの有名な人じゃないかあれ!」
「本当だ! 動画探しても全然出てこない人だ! 誰か名前聞いてこいよ!」
どうやら、マチとタックさんがいることで余計に注目されているようだ。それにしてもタックさん。動画が出てこないと思ったらノーネームで出てたのか。それでも一目見て気付かれるなんて凄いなこの人は。
じわじわと時間が進み、様々なイベントで引っ張りだこの有名なMCがマイクを握った。そろそろ始まるようだ。
《テステス。 あー、あー.....よっしゃ! 勝利に飢えた元気な皆皆さま! イベント開始の時間だ ! 前の方を空けて集まってくれ!》
巨大スピーカーから聞こえる声に従って、散らばっていたダンサーどんどん固まっていく。入口近くにいた僕たちは、後ろの方で立って進行を見守る。
《統率された軍隊みたいなスピードで助かるぜ。それでは! フリースタイルチームバトル 【Hop Up vol.31】。スタートぉおおおお!!》
その声に合わせ、大量の拍手や雄叫びが飛び交う。凄まじい熱気が押し寄せて無理矢理身体の温度が上げられたみたいだ。
コホンと一つ咳払いをして、MCは一つ目の催しをスタートさせた。
《まずはゲストダンサー! このイベントの為にわざわざアメリカから帰ってきたこの男たち。現在のダンスシーンを作り上げてきた一角である日本ポップ界のレジェンド! レペゼン【Frontaction】&【鬼殺し】!! カイジョウ&タケルぅうう!!!!》
シークレットだったゲストダンサー枠は、なんとダンサーレート第一位のカイジョウさん。さらにマスターズ目前の日本代表タケルさんだった。
感動を抑えきれなく、マサヤくんの横に立っているビッグベアーくんを見た。同じジャンルの有名人をナマで見られたんだ。きっと彼のほうが感動が大きいはずだ。
「ぉん.......ぉん.....」
彼は驚きのあまり感情を失っていた。口をポッカリと開けたまま不思議な言葉を繰り返して頷いている。壊れちゃうほど嬉しかったのか。
夢のような時間はあっという間に過ぎてゲストダンサーのショーケースが終わった。凄いという言葉しか出ないほど、そのレベルは別次元だった。
《続きましてー。今回のジャッジたちを紹介するぜ!!》
立て続けにジャッジムーブが始まり、一人ずつ紹介されていく。五人のジャッジは負けず劣らず何度も日本を背負った経験のある大御所たち。ここでもイベントのでかさを思い知らされた。
最後の一人が踊り終えると、MCは中央に立ってイベント説明に入った。
《いや〜、豪華な方々にスタートを切っていただきました! さてさて、今回のルールを説明するぜ!》
サイトに詳細は載っているが、こうやって直接言ってもらうことで更に指揮が高まるのだ。
《まずは予選。八つのグループに分かれて上位二チームずつを選別する。時間は三分間。ルーティーン無し。人数の多いチームは誰を選出するかよく考えることだな》
確か最低で二人。上限が十人だったかな。多分五人から八人チームが多いだろう。
《そして、予選の十六チームが出揃うと本戦だ。本戦では時間は五分でルーティーンありだ。準決勝は十分。決勝は十二分と延びる。大丈夫かぁ? 頭に入れとけよ!》
五分なら、ジャンルによるけど一回転出来るかどうかかな。マサヤくん、ビッグベアーくんは二回踊る可能性が高いけど大丈夫だろう。
《そしてなんと言ってもこのイベント! 優勝者には豪華な特典が付いてくる! 賞金十万円とバトン地区予選のシード権!! どうだおいしいだろ!! お前は死ぬ気で取りに来ーい!!》
またもや唸るような雄叫びが木霊した。そう、【Hop Up】は毎回このシード権を優位してくれている。本気でダンスをしている人たちには喉から手が出るほどほしい特典だ。
《さっそく予選を始めるぜ!! 入口から四つのサークルに分かれてABCDから始めるぞ! 終わったらEFGHだ! さぁわかったら散れ散れ!!》
集まっていたダンサーは急いで各所にサークルを作る。僕たちは一番舞台に近いDサークル。
ようやく始まる。すでに準備万端のチームメンバーはゆっくりと移動を始めた。その短い時間で、僕はマチに声をかける。
「大丈夫?」
「うん、見る分には問題なさそう」
「何かあればすぐに言ってね」
「ありがとう。タックもいるし、大丈夫だよ」
マチは鞄から取り出したビデオカメラをピコピコといじっていた。良かった。居心地が悪くなるような事がなくて。
「マチ、しっかり見ててね」
「.........うん」
意味はわかるけど、意図はわからないとった様子で彼女は頷いた。いまはそれでいい。僕たちは出来ることをするだけだ。
《それでは第一試合! バトルスタート!》
流れるように始まった試合。出番が来るまで、他の人チームのレベルを探るベくじっと見学をした。
《さぁ続きまして、第八試合に移ります!》
僕たちの番だ。サークルに入ると、相手の人数に少し驚いた。
「まさかこのイベントに二人で出場してくるとはな」
「それだけ自信があるんだよ。マサヤくん、準備は出来てる?」
「いつでもな」
軽くジャンプをして、手足をブラブラとさせる親友。初戦はコケられない。頼んだよ。
《第八試合! バトルスタート!!》
スピーカーから静かに流れてくるイントロ。それだけで誰もが気づく。予選で流れるには勿体ないほどの曲だ。
早く激しいビートのこの曲はロックの大定番。マサヤくんにはありがたい選曲だ。
人数差でこちらからの先攻。マサヤくんは一歩前に出たところでクラップやポイントをハメて、少しずつステップを混ぜて前進する。
この立ち上がり自体はマサヤくんのいつもの形。つまり、新しい流れで攻めるのではなくて様子を窺うという意思表示。彼も冷静だった。
音ハメポイントでの持ち技は外さず、上々の空気を作って下がってきた。交代で相手が前に出てくる姿を見て、マサヤくんとビッグベアーくんは少し不機嫌に顔をしかめた。
「ハウスか。レベルも高いが.....」
「あぁ、舐めてやがって。予選の始めからここまでぶっ飛ばしてくるってことは、優勝する気ないよな。毎回全力でどこまで行けるか試してるって感じだ」
「マサヤ、わかってるな」
「おぅ、やってやる」
二人はだけで話が進んでいく。蚊帳の外の僕とミナミさんは顔を合わせて首を傾げる。
ハイペースなムーブで若干流れが相手向きに傾いたあたりで、今度はビッグベアーくんが応戦する。丁寧なブガルーで少し大人しいくらいだったが、彼もまた様子見をしているのだろうか。
ある程度踊ってから帰ってくる。確かに流れ的には五分に戻したけど、少しパンチが弱い。ビッグベアーくん本来のバトルスタイルであればもっと突き放すことも出来たのに、何を考えてるんだろう。
相手のクランパーはここだとタイミングを見定め、全力全開で飛び出してきた。このタイミングで力強いクランプ。前半の空気の掴み合いは向こうが制した。
僕は悪い予感に焦りを感じた。
「ミナミさん、初戦で悪いけど全力で行ってね」
「わかってるわよ! 全く、二人共遊びすぎ!」
ミナミさんは少しイライラしていた。僕よりずっと駆け引きの流れが見える彼女には、今の状況がとてもまずいものだと勘づいている。先手で出た二人を不甲斐ないと腕を念入りにほぐした。
クランパーに嫌という程煽られたミナミさんは、向こうの引き足に合わせて飛び出そうとしていた。しかし.....。
「悪いミナミ、お前の出番はない」
「え?」
ミナミさんの肩を掴んで動きを止めたマサヤくんは、ロンダートから素早く身体を横回転させて高度のあるゲッダンで飛び出した。
Dサークルを包む観客から声が上がる。
曲が代わり、ハードビートのEDM。マサヤくんのギアが上がる。
「ま、マサヤくん? まさか.....!?」
「そういうこった。リク、ミナミ。お前らは見学だ」
ビッグベアーくんがニヤリと笑うと、さっきの二人のやり取りがようやく理解することが出来た。相手が二人なら、こちらも二人で戦う。そういう事だったんだ。
二人で複数チームを相手に戦うとなると、少なからず始めの注目度が変わる。その僅かなアドバンテージすら許さないと考えたマサヤくんたちは無理矢理同じ土俵まで引きずり込んで来たのだ。むしろ、複数から二人しか出さないとなると僕とミナミさんの期待値をそのままジャッジ評価に加えられる。
さらにワンムーブ目にわざと押されることで相手に勝てると思い込ませて予定以上の力を出させ、ツームーブ目でギアを上げてそれ以上の力を示す。完璧な流れを生み出した。
強い。一言二言話しただけでそれを理解し実現させるマサヤくんとビッグベアーくん。二人共バトルが上手くなっていた。
「そういうこと? 冷や冷やさせるわね。性格悪いわよ」
「まぁ見とけって。完封してやるよ」
ミナミさんもマサヤくんの踊りを見て気持ちほっとしていた。曲に合わせてヒット混じりのロック。合宿で生み出した新スタイルは完全に不利な状況を打開していた。バスタームーブだ。
突然流れがわからなくなった相手は迷いが動きに出てしまい、ワンムーブ目より質が落ちていた。そこへ、畳み掛けるようにビッグベアーくんのムーブが炸裂する。
《終了! じゃあAサークルから、スリー、ツー、ワン.....》
あっという間に終わったバトル。二人ともすでに満足そうな顔をしている。
《Dサークル! スリー、ツー、ワン、ジャッジ!》
迷いなくこちらに手を上げるジャッジ。初戦。圧倒的な差で勝利を収めた。
「勝った!」
「余裕だっつの」
「誰かさんのせいで暇だったわ」
「悪いってミナミ。次は頼むな」
幸先の良いスタートを切った僕たちは、パラパラとした拍手に包まれてサークルを後にした。
このチームは本当に予想外な事をしてくれる。それも良い方の裏切り。心強くて仕方ない。
それから、順々に進んでいく予選を危なげなく勝ち上がるとこができた僕たち。全員がさほど体力も消費するとこなく、本戦出場を決めることが出来た。
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