第17話 ルーティーン
チーム戦。
それは、個人戦とは全く異なる世界。実力が全てのソロバトルとは違い、強ければそれだけで勝てるわけではない。出どころが悪ければ影のように消えてしまい、多少技術がお粗末でも、独特の雰囲気があれば空気を持ってくることが出来る。
様々な掛け合いが産まれるチーム戦で、中でも、醍醐味と言ってもいいものがある。
【ルーティーン】だ。
これは一つのターンに複数で踊ることが出来るチーム戦の花形。一人が踊り、続けて全員で踊ることで圧倒的な完成度を作り、逆に先手で全員で踊ってから選りすぐりの一人を出すことで、その人の強さをアピールするパターンもある。
今は少ないが、一つのターンをルーティーンのみで締めるのも、昔は流行っていたようだ。
何が言いたいかというと、チームを組んだのならルーティーンは必須項目。ルーティーンをソロで返すことは至難の技なのだ。
「というわけで、ルーティーン作ろうよ!」
「なるほど。ルーティーンねぇ」
今日はマサヤくんと二人で学校近くのショッピングモールでカツカレーを食べていた。ここのカツは大きく塩コショウで辛めに味付けされていて、甘めのルーとよく合っている。密かに常連を気取っている僕がマサヤくんを誘ったのだ。気に入ってくれるといいけど。
「あっつ! 揚げたてかよ〜」
彼は猫舌だった。
「でもさ、ルーティーンって同じジャンルだからこそだろ? 俺たち全員別のジャンルじゃん。どうするよ」
「そうなんだよねぇ」
彼の言う通り、基本的には同じジャンルで組み上げるものだ。高い質のムーブを合わせることでチームとしての色を出せる。下手なルーティーンは見ていられない。
もちろん例外があって、基礎的で簡単なムーブを完璧に合わせることで、少し雑なハイレベルのルーティーンを返すことも出来る。ただし、完璧に合わせられればということが前提だ。それはプロでも難しかったりする。
「ん〜、ひとまずなんだけど、基礎的な動きだけでも合わせてみる?」
「どのジャンルでやるんだ? ブレイクか?」
「そうだね。ブレイクは他のジャンルとは毛色がかなり違うから、まずは互換性のあるロックかワックじゃないかな? そこから僕を出す構成が一番簡単かも」
「ロックだな!。よし、ミナミを迎えに行って相談してみようぜ!」
「うん!」
スプーンを置いてごちそうさま。
たしかミナミさんは次の時間に講義があって、今日はそれで終わりだったはず。まだ体育館も開いてないからどこかでゆっくり待とう。
「何で来るかなぁ......」
「まあまあ、どうせあんまり聞いてないんだろ?」
ミナミさんは小さなため息をついている。本当に申し訳ない。
僕たちはミナミさんが受けている講義に潜入していた。広い教室を使っていて数人紛れ込んでもバレないとは思うけど、イケナイ事をしているみたいでドキドキする。彼女は何とも言えない顔をしているが、追い出さないところを見ると特に問題もないようだ。
マサヤくんと話していたことをざっくり説明すると、ミナミさんは腕を組んで天井を見上げた。
「ルーティーンねぇ。私は見たことないからまず調べさせて欲しいんだけど、とにかく私とマサやんが合わせて踊ればいいのね?」
「うん。ミナミさんは器用だからきっとロックも格好よく出来ちゃうよ」
「え? ロックしないわよ?」
「......ん?」
何を言っているのよ。と、そう顔に書いてある。こちらもミナミさんが何を言っているのかわからない。話を聞いていたのだろうか。
彼女はペンをくるくる回しながら片肘をついた。
「何で私がマサやんに合わせにいくのよ。マサやんがガールズなりワックなりすればいいじゃない?」
あ、ダメだ。これはもう反射的にマサヤくんに反発してしまってる。真顔なのがいい証拠だ。
マサヤくんもロックで合わせる事を前提に話していたから引くわけにもいかない。
「はぁ? 俺にあんな女子ダンスやれって言ってんのか? 冗談じゃないぜ。対戦相手に笑われるのがオチだろ」
「あっ! いまワックしてる男の人全員敵に回したからね! 上手い人は本当にカッコイイんだからちょっとは頑張ってみなさいよ意気地無し!」
「お前がロック踊れば何の問題もなく済む話だろうが! そっちこそロックが難しそうだからってビビってるんだろ!」
「あんな単純な動き出来ないわけないでしょ!」
「じゃあやれよ!」
「やってやるわよ!」
「そこの二人! 騒ぐなら教室から出なさい! ほかの生徒に迷惑だとは思わんのか!!」
声が大きくなりすぎていつの間にか教室のみんながこちらを見ていた。教壇に立つ年配の先生は深いシワを寄せてマサヤくんとミナミさんを睨んでいた。
「「すみません......」」
二人は声を合わせて小さくなってしまった。追い出されなかったのはラッキーだ。これ以上騒ぐわけにもいかないので、僕たちはこの講義だけ最後まで受けることにした。とは言ったものの、数分もしないうちに終了したのだが。
三人が集まったところで、いつものB校舎の屋上でルーティーンについて調べていた。
勢いでロックをやることになったミナミさんは、遅めの昼食としてカニパンを食べながら、お零れを貰いに来たスズメをじっと見ている。
「こうして......こうして......ターン! んでバシッ! どうだミナミ!」
「..................」
「ミナミ?」
マサヤくんがミナミに見せつけるようにルーティーンの振り付けを踊るが、ミナミさんはだんまりだった。携帯で色々なルーティーンを調べていた僕は、気になって彼女を見た。
「............」
「おいミナミ?」
「あ、ダメだよ。マサヤくんもう少し待ってあげて」
「ん?」
ミナミさんの口はもぐもぐしていた。彼女は口に物が入っている時は断固として喋らないのだ。その大人しい姿は、おしとやかなお嬢様のようにも見える。
今まで奇跡的に気付かなかったマサヤくんは、珍しいものを見つけたようにミナミさんをジロジロ観察している。
「へー。ずっと物食っときゃいいのに」
「ながい」
「いってぇ!」
パンを飲み込んだミナミさんは、マサヤくんの頭にチョップを入れた。見られるのが余程嫌だったのだろう。
「何でやったこともないジャンルで
「まぁ、確かにそうか......」
「リクっち。普通はどのくらいなの?」
「ん〜、たぶん
ミナミさんは手をパンパンと払うと、立ち上がって軽い準備運動をした。何度かジャンプして足を温めていたのだが、彼女は膝下ほどの白のスカートを履いているためチラチラと中が見えそうになる。
「み、ミナミさん! スカートスカート!」
「え? 中にショーパン履いてるから大丈夫よ」
そう言ってスカートをたくしあげる姿は、健全な男子には刺激が強い。
「履いててもダメだって! ねっ! マサヤくん!」
「俺は、見てねぇ......」
「だから履いてるってば! ズボンだよこれ!」
顔を赤くして頑なにミナミさんを見ようとしないマサヤくんに、彼女は回り込んで見せようとする。なんだこの絵は......。
でも、マサヤくんのこの反応。モテそうな感じなのに、彼は僕の仲間でしたか。何のとは言わないけど。
落ち着いたところで、ミナミさんは渋々練習用のジャージに履き替えてきていた。簡単なルーティーンに作り直したマサヤくんの横に並び、彼の指示通りに合わせて踊り始める。
「ん、難しいわね」
「ミナミ、そこは左のトゥエルだ。こう!」
「こう? てか、トゥエルって何よ?」
「仕方ねぇな」
右も左もわからない彼女の為に、マサヤくんの基礎講座が始まった。せっかくなので、僕も入れてもらうことにした。
「トゥエルっていうのは腕を下から巻き上げる動きだ。手が耳元にきたら、頭の後ろに太鼓があるイメージでポン!」
「こう?」
「お、リク正解!」
「私のも合ってるでしょ」
「お前のはトゥエルっていうかワックみたい。ワックの腕を巻き上げる動きはなんて言うんだ?」
「知らない。動画観て真似しただけだもの」
僕とマサヤくんはぎょっとした。基礎も踏まえずにあそこまで踊れるもんなのか。見取り稽古とはよく言ったものだ。ミナミさんの吸収力が怖い。でも、それと酷似した動きのトゥエルとは、まだちゃんと分けられていないみたいだった。それもすぐに出来そうな気がするけども。
「こう?」
「違う。こうだ」
「こうかしら?」
「だから、こう! こうしてこうだって!」
「わかんない! マサやん教えるの下手すぎ!」
ミナミさんは唸りながら座ってしまった。
傍から見ていても、マサヤくんの説明はわからない。いや、説明していないようなもんだ。感覚派のマサヤくんは教えるのが苦手らしく、ミナミさんと一緒になって唸っている。
「もうさ、動き似てるんだしジャンル合わせなくていいんじゃない? マサやんはロックすればいいし、私はワックの似たような動きで合わせるから」
「そんなわけにはいかないだろ。バラバラに動いたらルーティーンっぽくないじゃん」
雲行きが怪しくなってきた。たしかに、まだまだ初心者の僕たちが別のジャンルを齧ったところで、ぎこちなくなるだけなのかも。
「とりあえず、それで合わせてみたらどうかな? 思ったより上手くいくかもしれないし」
「リクまで.....」
「ほら! さぁ練習しましょ。これで気楽にできるわ」
そういうことで、二人は別々のジャンルで動きを合わせることになった。振り付け自体は簡単で、すぐに覚えたミナミさんはワックの型に作り直していく。
二人はしばらく合わせる練習をしていたので、僕は端っこでブレイクの練習をしていた。今日は新しい技の練習。『エアベイビー』という技だ。地面に突き立てた腕の右肘の上に、右膝を置いて身体を浮かせる技。タックさんが教えてくれた技の一つでシルエットがすごく綺麗なんだ。イメージとしては逆立ちをして、肘の上に膝が乗るところまで身体を降ろす。
「おいリク!」
「うわっ!」
びっくりして膝が滑ってしまい、地面に身体が打ち付けられた。この技は慣れるまではすぐに落ちてしまうと聞いていたので、何とか顔から落ちずにすんだ。
「あ、すまん」
「ううん。それよりどうしたの?」
「そうそう、一応出来たから見てくれよ」
マサヤくんは近くに置いていたスピーカーから音楽を流すと、ミナミさんと顔を合わせてリズムを取った。
「.....ファイ、シックス、セブン、エイッ!」
リズムに合わせて、二人は同時に踊り出した。
同じステップを刻み、同じ方向を向いて、丁寧に合わせられたその動きは、想像以上に一体感を生んでいる。
最後には相手の目の前に出るように進み、バシッと正面にポイントをした二人は、まさにチーム。僕はその姿にテンションが一気に上がった。
「すごい! すごいすごい! 完璧だよ二人とも!」
「そ、そんなに? 私はよくわからなかったわ」
「俺も.....やっぱ鏡で見ないとわかんねぇな」
二人は怪訝な表情をしていたけど、これは武器になる。ようやくチームらしいことが出来たのだ。
「すごいなぁ! で、僕はどうやって出るの!?」
「「あっ.........」」
二人は顔を合わせて気まずそうな顔をしていた。これはもしかして.....。
「.....忘れてたの?」
「いや、わざとじゃないんだぜ?」
「そうそう、何故か完結しちゃって、ね?」
「そんなぁ.....」
否応なく肩が落ちてしまう。そうか、でもよくあることだよね。テンション上がっちゃうと忘れちゃうよね。
二人は落ち込んだ僕の肩を抱いて、色々と慰めてくれた。わざとではないんだ。踊ってもいない僕がとやかく言うものでもない。
「僕が出るのは置いておいてさ、これはこれで完成にしよっか」
「そうだな! また今度違うの作るからな!」
「そうと決まれば、名前付けない? リクっちは何がいい?」
ミナミさんの提案に僕ははっとした。これからルーティーンをいくつも作っていくと考えれば、名前を付けておいた方がいいのかもしれない。
「ん〜、ワックとロックだから、『わろっく』?」
「何だそりゃ。『一号』とかでよくないか?」
「それじゃあややこしくなるわよ。踊る人の名前をとって、『ミナミやん』は?」
「それ俺の名前ねぇし.....」
三人であーだこーだと案を出すが、どれもピンとこない。名前を付けるだけなのにここまで時間がかかるとは思わなかった。
部活の時間も迫ってきたので、なし崩し的に最後に発言した僕の名前で決まったのだが.....。
「じゃあ『ポポロちゃん』に決定ね!」
「俺、そのアニメ見てねぇんだけど」
「前に映画に行ったでしょうが! ポポロちゃんは決め台詞の時に相手を指差すのよ。『あたしの配下にしてあげる』ってね!」
ミナミさんは鼻息荒く力説していた。さすがガチ勢。ファン魂が騒ぐのだろう。名付けた僕は少し後悔しているけど。
「それがルーティーンの最後のポーズに似てるだけだろ? いいのかホントに」
「いいの! これがいいの!」
「わかったわかった」
どんどん近付いてくるすごい熱量のミナミさんに、マサヤくんは手を差し出して遮る。温度差が激しくて、本当に二人で踊るのか怪しくなる。
ルーティーン第一号を手に入れた僕たちは、えも言えぬ満足感で部活に向かった。誰かに見せたくて仕方がないミナミさんは、先輩方に片っ端から声をかけていったのだが。
「ステップをちゃんと合わせろ。腕の角度もバラバラだ」
というタックさんの一言でしゅんとしてしまった。
可哀想なミナミさん。これからもっと練習を重ねて、完成度の高いルーティーンに仕上げようね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます