第15話 Strange Ace
真っ白な世界に浮かび上がったその人は言った。
ーーーーどうだ。カッコイイだろ?ーーーー
「うん。格好いいね」
ーーーー陸は、ダンス好き?ーーーー
「いま、好きになったかな」
ーーーーそうだろ。次は世界で一番になる。陸も連れてってやるからねーーーー
「嬉しいなぁ。約束だよ?」
ーーーーん、約束だーーーー
《ジリリリリリリリリリリリリ!!!!》
「うわぁああああああああああ!!」
霧を晴らすような爆音で身体は反射的に起き上がる。頭元に置かれた目覚まし時計が暴れまわり、僕はそれを手に掴んで布団の中へ押し込んだ。手探りにスイッチを切ると、「ふぅー」と長い息を吐いて、もう一度ベッドへ身体を落とした。
「はぁ、はぁ、た、タイミングが悪いよ〜」
でも、何の夢を見ていたんだろう。はて、思い出せないや。目覚まし時計の音で吹き飛んでしまったのか。感覚は何となくある。優しい夢。
「いっか。お腹空いた」
ベッドから降りた僕は、机の上の眼鏡を掛けた。クリアな視界がカーテンで遮光された薄暗い部屋を映す。二階から居間に降りて手早く朝食を食べ、支度を済ませると急いで学校に向かって自転車を走らせた。
今日は夏休み最後の土曜日。次の月曜日から、また講義が始まる。部活も休みなので学校に行っても体育館は開いていないのだが、どうしても練習がしたかった僕はB校舎の屋上を目指すことにした。
「痛ててて。やっぱりバスにすればよかったかな」
身体中が悲鳴を上げている。ハンドルを握ることでさえ痛みが走った。タックさんとの練習が始まって以来、毎日が筋肉痛だったので慣れたものだと思っていたけど、今回のは格別に酷い痛みだ。照りつける朝日が、さらにペダルを重くしていた。
ミナミさんを退けた後の決勝戦。
僕はマサヤくんに敗北した。
あまりにも酷使した身体は、踊るどころか歩くことを拒否していた。
結果、不戦敗。それはそうだ。
不思議と悔しくなかった。でも、マサヤくんは何とも言えない表情で言った。
「不戦勝で優勝したって嬉しくねぇ!」
その拗ねた顔に、みんなは笑っていた。笑えるほど、みんなはマサヤくんの実力が高いとわかっていたからだ。
結局、僕は決勝戦で戦えるだけの力がなかったんだ。
学校の駐輪場に着いた僕は、一台も止まっていない広いスペースを贅沢に使った。ちょっと真ん中よりに置いただけだけど。
大きめのショルダーバックを肩に掛け、誰もいない静かな道を歩いた。食堂の裏道を抜け、汚れた校舎が目に入る。相変わらずの散らかった入口は鍵が掛かっているため、すぐ横の非常階段を使うことにした。中には入れないが、屋上に出る事は出来るのだ。
カンカンと乾いた音を奏でる螺旋階段をリズム良く登っていると、ふと、耳が違う音を捕まえた。
「これは、音楽?」
小さいけど、微かにダンスミュージックが聞こえる。それは屋上に近づくほど大きくなった。
「誰かいるのかな?」
屋上に着いた。そこにいたのは、すでに汗でシャツを濡らした女の子。ポニーテールがよく似合う彼女だ。
「ミナミさん」
「......リクっち」
ここは日の傾きによって少しだけ影が出来る。僕がそこに座っていると、新しいシャツに着替えたミナミさんがタオルとペットボトルを手に、隣に腰掛けた。彼女は顔の汗を拭き、ゆっくりとペットボトルの中身を飲み干す。その仕草が、とても綺麗だと思った。
「ミナミさ......」
「私ね」
言葉を遮られ、僕は黙った。
「昨日、泣いてたんだ」
「......」
ミナミさんは真っ直ぐに前だけを見つめ、少し黙ったあと、膝に顔を置くようにしてこちらを向いた。
「初めてだったの。本気の勝負で負けたの。ダンス以外でも、本気で勝負して負けたことってなかったの」
その瞳には、何の濁りもない。他に意図はなく、ただ事実だけを述べていた。
「リクっち、運動苦手でしょ? わかるもん。いつも一緒に練習してたから」
「......そうだね」
「甘く見てたんだ〜私。終わってから気付いたんだけどね。でも、そんなあなたは全力で、小細工なんてしないで、真正面から私に向き合った。そんで......」
言葉が出ないのか。ミナミさんは一度口を閉じた。
「......負けてわかった。負けるって悔しい。何より、頑張って練習してきたあなたをナメていた私がいた事が本当に、許せなかった」
「ミナミさん......」
「だからなの。涙が止まらなくて......ごめんね」
ミナミさんの目が光を飲み込んでいた。
「ごめんなさ......」
「楽しかったよね!!」
今度は僕が言葉を重ねた。謝ることなんてない。泣く必要なんてないんだ。
「僕は楽しかった! ミナミさんとのバトル。多分、今までで一番燃えた! あのバトルで、僕はもっと成長したんだって思えるんだ!」
「リクっち......」
ミナミさんは驚き、どうしたらいいのかと目をきょろきょろさせていた。
「ミナミさんは楽しかった?」
「も、もちろん!」
「じゃあ、それが答えでいいんじゃないかな?」
自然と笑みがこぼれる。だってそうじゃないか。
「僕だって、たった三回のムーブで情けなく倒れちゃうし、決勝なんて動けなくて不戦敗だよ? 恥ずかしくって部活に行けないよ」
少しだけ、彼女の顔がほころんだ。
「それでも、やっぱり楽しかった。すんごく楽しかったんだ。キミとのバトルで、たくさんのモノをもらったから。だから、楽しいも悔しいもおあいこなんだ」
「......」
「来年またやろうよ! でも、今度は打倒マサヤくんだよ! 結局彼の一人勝ちだからね!」
「うん......ふふふっ」
膝に顔を埋めたミナミさんは、ふるふると震えた。
「ミナミさん?」
顔を上げたミナミさんは、僅かに流れた涙を拭い、可笑しそうに笑った。
「へへっ、リクっちはホント、変わってるよね」
「か、変わってる? おかしなこと言ったかな......?」
「ううん。もう大丈夫。こっちこそ湿っぽい話ししてごめんね。そうだよね。またやろうね!」
「うん!」
「マサやんをぶっ飛ばーす!」
「ぶっ飛ばーす!」
顔を合わせて二人で大声で笑った。いつものミナミさんだ。
「お前らなぁ。下まで聞こえるほどでかい声で俺をイジメる話かぁ?」
「マサヤくん!」
「奇遇ね。こんな朝からなんなのよアンタ?」
突然現れたマサヤくんに、調子を取り戻したミナミさんはもう噛み付こうとしていた。どうどう。まだ早いって。
マサヤくんは重そうなドラムバッグを置いて、僕の隣に腰掛けた。
「昨日師匠に散々ダメ出し食らったんだよ。やれリクぐらい頑張れだの、やれミナミに勝てるのかだの。盛り上がりが悪いだのよ〜。悔しいから朝練に来たんだっつの」
マサヤくんは鼻息を荒くしていた。彼には彼なりの問題を抱えているらしい。真剣に話していた僕とミナミさんはそれが可笑しくて、二人でまた笑ってしまった。
「あぁ! 笑うんじゃねぇよ! 」
「まぁ、私に勝てるかわかんないわよね。私はリクっちに負けただけだし」
マサヤくんがムッとした。あ、やばい、いつものやつだ。
「はぁ? そんなこと言って、お前負けたあとどこ行ってたんだよ。大方、トイレでピーピー泣いてたんだろ。プライドだけは一人前だもんな!」
「な、泣いてないし!」
「図星かぁー。やだね〜泣き虫はぁ。それで俺に勝つつもりとか本当に『ココ』どうかしてんじゃないの?」
マサヤくんは自分の頭をコンコンと叩いた。顔を真っ赤にしたミナミさんは立ち上がるや否や、僕が真ん中にいることも忘れてマサヤくんに飛びかかった。
「こんの口先野郎! 今すぐ黒星で固めて碁盤の上に飾ってやる!!」
「どっちが口先野郎だ見栄っ張り女! 返り討ちにしてゴマと一緒にすってやるよ!!」
「痛い痛い! 二人とも止めてよ!!」
僕はペットの喧嘩に巻き込まれるように揉みくちゃにされた。
「でも、これからどうしようかな〜」
「俺はバズステップの練習があるからいいけどな。ミナミとリクは何するんだろな」
いつも通り、思い出したかのように仲良くなる。これにはいつまでも慣れない。
「あの、僕さ。やりたいことがあるんだ」
「なんだ?」
携帯を弄っていたマサヤくんが僕の目を見る。
僕は、今朝の夢を思い出した。
「えっとね、実は目標があってね。その~......」
「歯切れが悪いわね。何なのよ」
練習で流す曲を決めていたミナミさんも、焦れったくなって追求してきた。
「うん。チームを作りたいんだ」
「チーム?」
「ダンスチームってことよね?」
僕はいつも鞄に入れている一つの紙を取り出した。そこに記されているのは 【Battle Of The New World 】の文字。
二人は食い入るように内容を読んでいく。
「これ有名なイベントだよな。【バトン】って呼ばれてるの聞いたことがあるぜ。日本人って変な語呂合わせするんだよな~」
「それにしても、これって去年のよね。今年のやつは出てなかったの?」
「今年のフライヤーは出てるんだけど、この日のヤツが重要なんだ」
僕は二人の間に入り、一つのチームを指先す。
「この【Strange Epic】ってチームが去年の優勝チームで日本代表なんだけど。僕がダンスを始めるきっかけを作った人がここのリーダーなんだよ」
「おっ! 前に言ってた人か! じゃあ、このチームがリクの目標なんだな!」
「うん。それでね、お願いがあるんだけど」
紙をしまい、居ずまいを正して二人に頭を下げた。
「マサヤくん、ミナミさん! 僕とチームを組んでください!」
「いいぞ」「いいわよ」
「そうだよね......すぐには決められな......ってええええ!?」
余りにも間を開けずに答えた二人に、驚きを隠せなかった。は、早くない?
「あの、意味はわかってる? この人達が目標ってことはつまり、日本一のダンサーになるってことだよ!?」
「わかってるよそんなこと。俺は最初っから日本一になるくらいの気概でやってんだ。それにリク。お前となら組んでもいいと思ってたよ」
「私はあなたに負けた身だから、むしろいいの?って感じだけど。やるなら一番上目指すのが常識でしょ?」
何を言ってんだかと鼻で笑われた。でも、僕はそんな二人がとても心強く感じたんだ。
「あ、あ、ありがとう! 本当にありがとう!」
目の前の二人と、さらに深いところで繋がった気がした。この大好きな二人とチームが組める。今はそれだけが嬉しい。
目頭が熱くなって、何度か目を擦った。
「おいおい泣くなよ。日本一になるんだろ? もっと強い男にならねぇと!」
「うん!」
「それよりさ、チーム名はどうすんの?」
ミナミさんはマイペースに僕の鞄から先ほどの紙を取り出した。そこに並んでいる名前をブツブツと読み上げていく。
「そっか。大事だもんな。でも俺ネーミングセンスないんだわ」
「私も苦手」
二人はうんうん唸って考えてくれている。
僕は軽く咳払いをして、喉の通りを良くした。
「名前なんだけど、もう決めてあるんだ」
「そうなのかよ! なになに?」
僕は息を大きく吸って、意を決する。
「【Strange Ace】」
身体の中で、何かがカチリと音を立てた。
「【Strange Ace】 ......いいな!!」
「うん! カッコイイ!」
二人も同様。名前に何かを感じているようで、目に青白い光が宿った。
時計の針が、動き出す。
「それが僕らの名前だよ! その名前でエピックの前に立つ。そして、王座を奪い取るんだ!」
拳に力が宿る。血が沸き立つような高揚感。
「やってやろうぜ!」
「ん〜! 燃えてきたわ!」
思わず立ち上がった僕に釣られ、二人もまた立ち上がる。自然と円陣を組んで、全員が右足を前に出した。
「僕ら【Strange Ace】が登りつめる事を誓って!」
三人で目を合わせ、笑いあって、一斉に右足上げた。
「いくぞ!!!!」
「「「おぉおおおおお!!!!」」」
日本全体に響き渡るように思い切り踏み下ろした足は、周りの空気を吹き飛ばすような轟音となって僕らを包んだ。
こうして、日本一を目指す初心者チーム【Strange Ace】が生まれた。三人から始まった小さな小さなチーム。後に、新たな仲間を加え、数多のバトルを戦い、途方もない壁にぶつかる。
数々の苦難を共にした仲間と、激しい衝突もあるだろう。
それでも、このチームが進む道は一つ。
それが、僕たち【Ace】の姿なのだから。
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