第12話 戦闘準備
夏休みも残り一週間。そう、冬の対抗戦の選抜バトルまであと一週間しかない。
つい二、三日前にショーケースのイベントが終わ前った。聞いた話によると、色んな大学や、高校、レッスンのチームが山ほど出場していたらしい。ストリートに限らずバレエやら社交ダンスやら、中には意味のわからない創作ダンスまであったとか。
ショーケースに出場しなかった僕は何をしていたかというと、タックさんに連れられて様々なバトルに出場していた。
「......タックさん」
「どうした?」
「今日、何で僕は負けたんですか?」
そして、当たり前のように負けを重ねる日々。今日も黒星を担いで帰っているところだった。
「あれは......諦めろ。俺がやっても負けてたかもしれない」
「......ですよね」
「『オーディエンスジャッジ』は闇だ。特にビギナーの大会でキッズが相手なら諦めるしかない」
オーディエンスジャッジとは、その名の通り観客が勝敗を決める。MCの合図で手を挙げ、票の多い方が勝ちだ。タックさんも負けるというのには理由がある。
「親御さん、ですよね~」
そう、親の大半は自分の子供に入れる。レッスンに通わせているなら、その繋がりのママ友までくるので手がつけられない。
「はぁ......」
「まぁ、一回は勝てたんだ。そろそろ馴れてきたんじゃないか?」
「そりゃ、ほとんど毎日バトルしてますから、少しですけどね」
本当に毎日毎日バトルをしていた。出場出来るものは手当たり次第にエントリー。イベントがない日は練習場所を周って野良試合。始めの二回くらいは緊張していたが、三回目以降は身体中が痛くてそれどころではなかった。バトルは想像以上に体力を使う。
「あとは技の完成度だな。と、その前に」
タックさんは僕の身体を上から下から見回した。
「服買いに行かないとな。それと靴」
「服ですか」
「バトルはショーケースほど衣装にこだわる人が少ないんだがな。流石にそのヨレたシャツと半端なサイズのジャージ。使い古したどこのブランドかもわからない靴じゃ格好つかないだろ」
「確かに」
「明日は街に行こう。ストリートダンサー用の店を紹介する」
「はい!」
なら、何で今までジャージで踊らせていたのだろう。なんて言い出せず、明日の準備のために足早に帰宅することにした。
約束の時間。駅の改札を出たところで待ち合わせをしていたので、僕は既に来ていたタックさんに声をかけた。
「リク......」
タックさんは怒ってない。しかし、どうするんだこれ? と顔に書いてあるくらいには表情を歪ませていた。
「すみません。部室に寄ったらこんなことに......」
「タックさん! お久しぶりです!」
「あなたがタックさん? 私はミナミって言うの! よろしくね!」
「ごめんね~タックちゃん。コトちゃんが行きたいって聞かなくて~」
部室に忘れ物をした僕は、朝早くから体育館に向かった。そこで堂守部長に出会い、部活に来られないかもしれない旨を話していたらマサヤくんとミナミさんに捕まったのだ。たまたま近くにいたミキ先輩が面白がってついてきたのは予想外だった。
「はぁ、まぁいいけど。じゃあ行くぞ」
「「はーい!」」
「タックちゃんとデート~。久しぶりだね~」
「「!!??」」
「お前ら騙されんな。嘘だからな」
「あらら、つれないな~」
ミキ先輩は面白そうにホクホク顔だったが、タックさんは心底嫌そうな顔だった。
駅から数分。小さなビルの狭すぎる入口から地下への階段が続いていた。明らかに怪しいビルだったが、タックさんもミキ先輩も物怖じせず入っていく。僕ら三人は恐る恐る階段を降りると、その先にある両開きの鉄扉を押して開いた。
「すっげぇ......」
マサヤくんが感嘆の声を漏らすのも無理はない。扉の先には、奥の壁が見えないほどの広いスペースに、これでもかとストリート系の服やグッズが詰め込まれていた。聞いた事のあるブレイクビーツがトランスアレンジで流れ、見るからにダンサーも多く、まるで地下のアジトに来たようで心が踊った。
「すごい! ヘルメットにパット。DVDまであるんだ!」
「 【ダックテイルズ】ブレイクに必要な物はここで揃う。先に服だな」
タックさんは近くから手探りに僕の服を選んだ。広げては畳み、頭をかしげながら次々に選別していく。
「タックさん! 帽子はどこですか? 俺ハンチングが欲しいんですけど」
「もっと奥だ。そこを真っ直ぐ行って右手の壁側」
「行ってきます!」
マサヤくんはドッグランに連れてきてもらった子犬のように、元気にどこかへ行ってしまった。
「リク似あーう!」
「ふふっ。可愛い~」
僕は、入ってそうそう女子達の着せ替え人形になっていた。見られるのが恥ずかしい......。
「次これね!」
「おいリク。早く出てこい」
ドレスルームに押し込まれた僕を引っ張り出そうとしたタックさんだが、その前にミナミさんが立ちはだかった。
「あ、タックンさん。ちょっと待ってよ。いまいいとこなの」
「『タック』だ。遊びに来ている訳じゃないんだ。早くリクをよこせ」
「タックンさんは冷たいなぁ。あ、実は一人で寂しかったりして?」
「あ?」
タックさんの声は太く、どう見てもイラっとしていた。仕方ない。ミナミさんは神経を逆撫でする天才だから。
「ひっ、あっいぇ。ごめんなさい」
「ふんっ」
「ちょっと~? タックちゃん。うちの子をイジメないでくれるかな~。みんな仲良くしなさ~い」
珍しく怯えたミナミさんを見て、すかさずミキ先輩が仲裁に入る。いや、仲裁というか、後ろからタックさんの両頬を摘んでぐにぐに引っ張りだした。やられ放題のタックさんは借りてきた猫のように大人しくなっていた。
「わかった?」
「............ふぁい」
「うん。いい子だね~」
「ミキ先輩、何者?」
「ミキさん怖い......」
頬をさするタックさんをぎゅっと抱きしめ、満足そうなミキ先輩はまたホクホク顔になった。背が高いミキ先輩が後ろから抱きついていると、なんだか仲の良い姉弟のようにも見える。
割と誰にでも口を出せるタックさんが好き放題されているなんて、いったいどういった力関係なのだろう。僕とミナミさんは困惑して首を捻った。
マサヤくんが帰ってきた時には僕は一式購入していた。結局全部タックさんのセレクトで決まった。僕はあまり服を買ったことがないからセンスが無いのだ。
「おぉ! リク似合うじゃん! ブレイカーって感じだな!」
「ホントね! 見違えたわ!」
「へへっ、そうかな?」
「ぷぷぷっ、タックちゃんの服装まんまじゃん」
「.........いいだろ別に」
黒の長袖はブランドのロゴだけのシンプルなもの。よく伸びる灰色のデニムに黒いローカットスニーカー。靴紐が見たことも無い通し方がされているが、それがまた格好良かった。
「でも、靴と合わせて二万円......。うぅ、痛いなぁ」
「安い方だと思うぞ。ちゃんとしたブランドならもっと高い」
「バトルに出るのもエントリー代いるし、ダンスって意外とお金かかるなぁ」
「バイトはしとけ 」
「はい」
買い物を済ませた後は、少しだけCDショップに寄ってからファミレスに入った。そこでもマサヤくんとミナミさんは喧嘩するし、ミキ先輩はタックさんにちょっかいばっかりかけてとうとう怒られるし、本当に騒がしい時間だった。
日も落ちたので、今日は待ち合わせの駅で解散することになった。
「じゃあリク! タックさん! 俺たちはこっちの電車なんで!」
「また部活でね!」
「タックちゃんも来なさいよ~」
手を振って返すタックさんはいつもより嬉しそうな気がした。
「楽しかったですね」
「まぁまぁだな」
やはり気のせいだったのか、いつもの仏頂面のままふいっと顔を背けられた。
タックさんはいつの間に購入していたのか、カバンの中からダックテイルズのロゴが入った袋を取り出し、僕に投げ渡した。
「リク。餞別だ」
「これって......」
袋を開けると、黒く、ツバの平たいキャップが入っていた。英語で刺繍が施されており、ツバの裏側がライトブラウンで暗いイメージを上手くクールにまとめている気がした。格好良い。
「有名なストリートブランドのキャップだ。週末。頑張れよ」
タックさんは駐輪場に向かって歩き出した。彼の気持ちに応えるため、僕は叫んだ。
「ありがとうございます! 絶対勝ちます!」
小さくなる彼の背中を見送り、僕は帽子を被った。それが本来あるべき姿のように、僕の頭によく馴染む。
勝てる気がする。
湧き出る闘争心を抑え込み、僕は電車に乗った。選抜まであと一週間。ここが、始めの勝負どころだ。
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