最後の戦い
最初から、ワタシたちのなかに裏切り者などいなかったのだ。
勇者さんは、魔法で記憶と時間を弄って……他殺に見せかけた、自殺をしていたのだから。
そして最期に――、聖剣の継承を、次なる勇者を生み出し、死んだ。
ワタシの鎖骨の辺りに広がる、聖剣の紋様がその証だ。
ワタシたちは、今まで自殺などという死因が、けして答えではないと、除外するどころか、考えもしなかった。
それほどまでに、彼を盲信していたからこそ……だからこその、この死体の山だ。
そして首謀者であり最初の死亡者である勇者さんは、勿論この結果を見越していたのだろう。
でなければ、あんな紛らわしい死に方を選ぶはずがない。
なんという茶番――。
なんという悲劇――。
なんという、絶望――。
「……ごめん……なさい……」
神官は光を失くした目でそればかりを唱える。
「私が……いたから……ゆう、しゃ……さんが、ごめんなさい……ごめんなさい……みなさん……ものまね師さん……わたし、……わたしが」
そして握っていた彼女の槍の先は、光り輝き、ワタシの方へ向けられる。
「すべての……責任をとります……」
神への許しを請い、真っ直ぐに投げ出された眩い裁きの槍を。
ワタシは、直撃の寸前、神官の反射魔法をコピーして。
仕掛けた本人に撃ち返した。
◆◆◆
鉄格子の隙間からねじ込まれた、カビたパンと、泥水の味は今でも舌に染みついている。
幼少の頃、貧困に苛まれる村で、珍しい能力を持って生まれてしまったがためにワタシは口減らしに遭い、奴隷売人に売り飛ばされ、サーカスの見世物小屋で珍獣などと呼ばれ、鎖に繋がれ、鞭で叩かれる劣悪な日々を過ごしてきた。
想像を絶する肉体労働と虐待、見合うことのない食事、環境の不衛生さが相まって、心身共に限界を迎え、狭い牢獄のなかでゆっくり死に向かっていたワタシを自由にしてくれたのは他でもない勇者さんだった。
あの時、まるで神に出会えたような感動を覚えた。
だから、ワタシは勇者さんの言葉だけに応えるようになったのだ。勇者さんのためだけに戦い、能力を使った。
利用されようが、どんなに手酷く扱われようが、そんなのは関係ない。
ただ当たり前のように自分を必要とし、居場所を与えてくれる。勇者さんさえ、いてくれればいい。ずっと今までそう思ってきた。
だから他などどうでもいい。
それがワタシの本心であり、仲間同士の潰し合いを傍観してきた理由だ。
世界などどうでもいい。
そう言っていた勇者さんが見ていた世界と、ワタシが見ていた世界は、同じではなくとも、似ていたのではないだろうか。
だからこそ、勇者さんはワタシに聖剣を託し、第二の勇者を偽装したのかもしれない。ワタシならば代わりが務まると。
愛情も、信頼も、そこにはなかっただろうが、それでもいい、それだけでワタシは乾いた心が潤うような喜びを感じた。
『すべてを終わらせてほしい……』
死に際に放った彼の最後の望みを叶えるべく。
明くる朝。勇者さんの遺体を埋葬し、彼の甲冑とマントを纏ったワタシは、惨殺した魔王の側近から傀儡の術をものにし、仲間だった者たちの屍を引き連れ。
最後の戦いの地へ、魔王城へ乗り込んだ。
しかし、いくら聖剣をもってしても。偽装された勇者と壁役にしかならないゾンビ数体ではまともな戦闘になりはしない。
何度も死にかけ、蘇り、また死にかけた。
途中から眼に映るのは、自分と魔王の
互いの命をこれでもかと削り合い、もう痛みとはなにかと、問いたくなるほどの醜く激しく、無様で、息をする暇もない死闘を繰り広げたわけだが。
遂に終わりの時はやってきた。
高らかなファンファーレが頭上に鳴り響き。
世界を滅ぼさんとした魔王は壮大な演出によって倒れ、塵芥となり空気中に溶け、消滅した。
これで世界は救われる。やり遂げた。ついに、悲願が果たされる――。
そんな誇らしい気持ちを抱けるほど、残念ながらワタシは世界を愛おしいと思っておらず。
もう息をしなくて済む、と。
最後にそんなことを思って。
視界を閉じた。
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