裏切り者は



「暗殺か……、魔王の奴が仕掛けやがったのか」


「いいえ……それは……考えにくいですわ……。日暮れ前。私と賢者さん、魔法使いさんでこの辺り一帯、三重の防護壁バリアを張り巡らせたんですから。防護壁バリアにはヒビがない……外部からの攻撃があったなら、術者である私たちが気がついていますわ」


「神官の申す通りじゃ……。外部からの反応は確かになかった。アンデットの可能性も低い、僧侶と勇者殿、ものまね師が一掃したのを黒騎士、御主も確認したじゃろうて」


 年長者の賢者が神官に同意すると、黒騎士が表情を歪め歯を食いしばる。


「じゃあなんでこんなことになった……! 俺たちのなかにいるってのか──魔王の手先が──裏切り者がよ!」


 その僅か数秒後。

 鋭利で細長い飛び道具が黒騎士の頬を掠めた。

 僧侶が鋭い悲鳴をあげる。


 殺傷能力は低くとも、場所によっては致命的なその飛び道具を放ったのは、パーティ内での最年少、もっとも小柄な盗賊だった。


「このッ……クソガキ! なにしやがる……!」


「お前……が、言うな――裏切り者!」


 攻撃された黒騎士が怒りを露わに睨めば、独特な喋りをする盗賊が泣きながら叫び、外れそうな床板を踏みつけた。


「黒騎士! お前裏切り者! 勇者殺した……!」

「なにバカなこと言ってやがる! そんなわけ……!」

「お前、最初、勇者裏切った! 魔王の仲間だった! 勇者に倒されて、改心した……でもまたすぐに裏切った! お前敵、なのに勇者やさしい、許した! おれずっとお前疑ってた! やっぱりそうだった! お前裏切った!」


「くっ、それは――!」


「わかりきったこと! 自分で言って、他になすりつける気、勇者殺したの、お前のくせに! この恩知らずッ‼︎」


「――待って……! 黒騎士くんは、確かに二度もぼくたちの敵になったけど! でもそれにはちゃんと理由があったでしょう! 酷いことされたのは本当だけど、でもっ仕方なかったんだよ……!」


 再びナイフを構える盗賊の前に立ちはだかったのは亜麻色の短髪に、豊かな胸部をもつ弓使い。


 盗賊の言うとおり、パーティの前衛として勇者さん、戦士と肩を並べる黒騎士は、ワタシたちを過去に二度、裏切り苦しめた。しかし弓使いの彼女が述べるように、許しがたい悪行の裏には、彼を責めきれない理由があった。


 黒騎士は実の妹を人質ひとじちにとられていたのだ。


 しかし勇者さんのお陰で妹が解放され、一度は和解した。が、その後、手先の頃に心臓にかけられた傀儡くぐつの呪いが発動し、魔王の幹部に洗脳された彼は、不本意とはいえ再び勇者さんの敵となったのだ。


「心臓の呪いは解かれ、二度とかけられなくなったはずだよ! 黒騎士くんが勇者くんを殺す理由なんて……!」


「だけど、こいつ! ……一番疑わしい!」


 勇者さんの屍に突っ伏して震えている戦士、依然放心状態でいる魔法使い以外の全員の視線が、黒騎士に集められる。


「盗賊さん、貴方の仰るとおり、二度裏切って三度裏切らないということはないのかもしれません」


 神官が沈んだ声で告げ、黒騎士は表情を強張らせ身を乗り出すが。


「しかし、……今傷つけあってどうなるというのです……っ、私だってこんな現実受け入れたくなんかないっ、勇者さんがこんなことになるなんて――もうっ、悪い夢としか思えません……! でも、私たちはそれでも――勇者さんを失っても『世界の希望』としてあり続けなければならないのです。それは勇者さんも皆さんも覚悟していたことですわ……まずは落ち着きましょう。……どうあっても明日には、私たちだけで魔王を討たねばならないのですから」


「勇者くんなしで、ぼくたちだけでどうやって……っ」


「勝ち目ねえだろ。死にに行くようなもんだが……やるしかねえよ、逃げたっていずれ魔王に滅ぼされるんだ」


「そんな……っ」


「辛いでしょうが状況を整理しましょう。そうすれば何故このようなことになったか見出せるはずです……っ……悲しむのは、それからにしましょう。勇者さんならば、……そう、おっしゃるはずです――」


 冷静を保とうとする神官だったが、獣でもなければ魔物でもない、清い心をもつ彼女は、己を殺しきれず、それでもパーティの副監として声を詰まらせ絶望する仲間たちを奮い立たせようとする。


「そ……っ、そう、そう……ですね、このままに、しておけないです……よね」


「僧侶さん。あとでとむらいの呪文をかけるので手伝って下さい」


 盗賊が納得がいかないという顔をすると、賢者は背後から黒騎士に手錠と足枷の呪いをかけた。


「おいジジイ……!」


「整理するとは言ったが一番疑わしいのは御主に変わりないからのう。本来なら真っ先に八つ裂きにしてやるところだが神官に免じて少しは待ってやろう」


「だからそれは俺じゃ……!」


 真紅の瞳を細めて唇を噛む黒騎士だったが、悲しいことにそれ以上誰も彼を庇おうとはしなかった。


 しかし有無を言わさず処刑されるよりは、寛大な扱いといえよう。


 たとえ、魔王討伐の為に勇者さんのもとに集い、同じ釜の飯を食い、苦楽を共にしてきた仲間だったとしても。


 前科持ちである黒騎士の無実を、彼自身の言葉だけで証明しきれるほど、事態は生易しくはなかった。


 黒騎士だけではない。勇者さんというかなめを失い、世界に身を捧げ、最強と謳われた集団が。これほどまでに容易く崩壊してしまうということを、ワタシたちはじわじわと命を削られる呪いのごとく、思いしらされるのだった。

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