誰が勇者を殺したの、

天野 アタル

プロローグ

 酸化しはじめた赤の上には、毒霧のように濃厚な絶望が立ち込めていた。



「おい……蘇生は、蘇生魔法はどうした‼︎」


 青ざめた顏で黒騎士くろきしわめいた。


「たっ、た、試しました、なんども、何十回も! で、で、でもっ……」


 僧侶そうりょが泣きながら説明する。


「蘇生魔法は心臓が停止してから数分以内に施す必要がありますわ、効果が現れないなら……もう……っ」


 視界を手で覆い神官しんかんが膝を折る。


「うそ、こんな、だって」


 魔法使まほうつかいは半笑いのまま首を振る。


「勇者ぁあ……!」


 盗賊とうぞくが涙ぐみ。


「どういうことじゃ……なぜ、このようなことに」


 賢者けんじゃは立ち尽くした。

 その横で弓使ゆみつかいが震えている。


 戦士せんしは――先ほどからずっと、亡骸を揺さぶるのをやめない。


 なにか悪い夢をみているんじゃないか。

 ワタシだけじゃない。ここにいる全員がそう思っていたことだろう。


 ◆◆◆


 最果ての街に到着したのは、今から数十時間前だ。


 最果ての街は、その名の通り世界の果てに存在する。かつて多くの種族が共存し、魔術と技術によって栄えていたそうだが、魔王の君臨により最初に地図から消失した。


 しかし消失したと言っても人が住めなくなっただけで街はほぼそのまま残されており、ワタシたちと勇者さんは、最果ての街の上空に浮かぶ魔王城攻略のため、最終決戦に備え今日をこの荒廃した街で終えることに決めた。


 街に蔓延はびこるアンデットたちを手分けして駆除し、寝宿ねやどとするに相応しい、比較的損傷の少ない建物を確保、簡易な清掃と補強を済ませ、もしかすると最後となるかもしれない食事を全員でとり、明日の魔王討伐の作戦を勇者さんの指揮のもと入念に確認した後、残された時間を休息にあてるため、各自部屋に散った。


 その、数時間後――。


 今にも倒れてしまいそうな僧侶の一言で間も無く終わりを迎えようとしていた旅は思わぬ方向へ、いや、全てがひっくり返ったのだ。


 明日にはこの世界を救うはずだった勇者さんが、部屋で血を流して死んでいたのだから。


 世界の希望が、動かぬ遺体と成り果てていたのだから。


 そして、けして亡き者にさせぬよう、数年の歳月を懸け、勇者さんを護り共に戦ってきたワタシたちは、一人としてこの事実を冷静に受け入れることはできなかった。


 何故勇者さんは殺されたのか――。

 誰が、勇者さんを殺したのか――。


 この先の世界の命運よりも、誰もがそれを知りたがった。

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