第29話ビーストハンター 第3話 「帰らざる波止場 」(8)
「哀号~!哀号~っ!」カイザーに体を引裂かれて泣きわめく男の哀願をよそに、シュンはその光景を楽しげに眺めた。
「ワォ~ン!」首筋に牙を立て、男が動かなくなったのを確認した元戦場の傭兵犬、カイザーは誇らしげに吼えた。
シュンは犬にかみ殺されて、血だらけになって死んでいる男を事もなげにポンと蹴とばした。
「俺にやられた方が楽だったな」シュンは、薄笑いを浮かべながらそう言った。
この時代は、シュンだけでなく、誰もがテロリストや犯罪者に対しては憐憫の情を持たなかった。
彼らは、法律上はもはや人間ではなく、人の形をした獣に過ぎないのだ。それが「ビースト法」なのだった。
残虐なテロや、際限のない犯罪は、やがては無慈悲で残酷な社会を産む。人々は行き着く先を知らなさすぎたのだ。
地球規模の気候変動と、それに続く大災害が起きるまでは、東京港は貿易港としてのにぎわいを見せていた。
旧東京とともに港の大部分は海の中に沈んだが、残ったわずかの岸壁は、世界各地を繋ぐ定期便の船着場になっている。
そのさびれた港の切符売り場から出ると、建勝は千恵子にジャーダンから奪った金の入ったバックを渡して言った。
「先に船に乗っててくれ。俺お弁当買って来るから」そう言って停泊している「永泰号」のゲートを指差した。
「はい、船のデッキの出口で待ってます」
千恵子は建勝に言われるままに、素直にバックを持ってゲートをくぐり、乗船タラップを登った。
そうして、船のデッキの出口で建勝を待ったが、彼はなかなかタラップを登って来なかった。
不安に思った千恵子が、デッキの手すりまで行って、船が接岸してる岸壁を見下ろしたその時だった。
バンッ!バーン!と下の岸壁の方から数発の銃声が聞こえた。
銃声のした方に目をやった千恵子が見たのは、三人の殺し屋に追われながら、懸命に逃げ回る建勝の姿だった。
「ああっ!」それを見た千恵子は、一瞬心臓が止まりそうになった。
建勝が手にした弁当に銃弾が当ってパァ~ッ!と飛び散り、彼も銃を抜いて殺し屋たちに応戦し始めた。
だが、隠れる場所すらない平らな岸壁では、いくら応戦しても建勝には勝ち目はなさそうだった。
千恵子は矢も盾もたまらず、バックを捨ててタラップまで走って行った。
しかし、ガラ、ガラ、ガラ、ガラッ!と、タラップは虚しく上げられてしまった。
急いでデッキの手すりまで戻ると、殺し屋に撃たれて倒れた建勝が、懸命に千恵子の方に手を伸ばしていた。
「キャ~ァァ~ッ!あなた~っ!」千恵子も建勝の方に手を伸ばしながら、声の限り叫んだ。
しかし、懸命に伸ばしていた建勝の手はパタリと落ち、彼はそのまま動かなくなった。
健勝を殺した三人の殺し屋は、止めてあった黒いセダンに乗り込んで走り去って行った。
「う、うっ、うっ、うぁ~、うわぁ~ん」千恵子は手すりにすがって泣いた。ただひたすら泣きじゃくった。
ボォ~、ボォ~ッ!と、哀しげな汽笛が東京港に鳴り響いた。
永泰号は静かに岸壁を離れ始めた。たった一人の恋人を失った千恵子は独りぼっちになってしまった。
~続く~
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