第四部 大迷惑編

第25話 真夜中のシマパンダー(1)

 ビロン姉妹を撃退し、夕食も終えた夜九時。

 風呂に肩まで浸かってノンビリしている段階で、入谷恐子は忘却していた重大事を思い出す。

 自分の首から下が見えないポジション取りで風呂場の窓を開けて家の表を窺うと、更紗のハイエースが変わらぬ位置で駐車している現状を再確認。

 ままぬけな性分の戦士シマパンダーとして名高い入谷恐子でも、更紗が夜襲をするつもりだとピンときた、ピンと。


「ふっふっふ。今宵こそ、逃がさぬであります」


 風呂で体を清め終えた入谷恐子は、烏色の長髪が乾かぬ間も無く自室にとって返し、『リボンの武者』最新刊を読んで寛いでいる黒金能代にバカな作戦を持ちかける。


「今夜は寝ないで桃太郎電鉄に興じるであります」

「ふ〜ん。徹夜迎撃か」


 もう接待酒を散々飲んで(良い子は二十歳を過ぎるまで飲酒しちゃダメだぞ)寝るだけのつもりだった黒金能代は、やや低めのテンションだった。


「桃太郎電鉄であれば、更紗も加わる」


 潜んでいた天井裏から下りてきたパジャマ姿(白黒パンダ柄)の更紗が、ゲーム機を手早くセッティングして始めようとする。


「さあ、始めよう、女三人で無限の桃太郎電鉄地獄へ」

「貴様は単独で別の地獄行きであります」


 居合抜きで更紗の首を斬り飛ばそうとする入谷恐子の二の腕を、黒鉄能代が腕と胸の谷間で抑え込む。


「この家の前に車を置きっ放しなのは、ビロン姉妹の盾に成る為だよね、更紗? 自分からアピールしないなんて、おっとこ前!」

「更紗に、取材以外の存念はない」

「ほら、斬っていいと観念しているであります」


 フォローの虚しい奴等に、黒鉄能代は惨劇を放って寝てしまおうかと準備を始める。

 自分の影ポケットから黒パジャマを取り出すと、着替え始める。


「こう、イリヤの谷間に顔が埋もれる形でうつ伏せに寝たいのよ。という訳で、オープン・ザ・たわわ」

「窒息する危険が劇高であります」

「死因が『たわわ』は、ジャスティス」

「致し方なし。ジャスティスには弱いであります」

「頭が弱いのだよ、半端者」


 下ネタで惨劇を流そうとする黒鉄能代の努力を破壊して、更紗は桃太郎電鉄の起動を終える。


「勝負だ、シマパンダー一号。勝てば十字切りで切腹するから、介錯させてやる」


 間近で目を合わせた十三夜更紗の無表情ながらもオラオラな眼力は、入谷恐子に『先輩』として有無を言わせぬ迫力を発揮した。


「で、自分が負けたら、何を要求するでありますか? 18禁展開は断固断るでありますよ。一八歳以上ではありますが」

「更紗を、シマパンダー二号として正式に認めて。ノリで名乗ってみたけれど、しっくり来た。正式にシマパンダー二号をやる」


 入谷恐子は、とても、とても、とても悲しそうな顔をして、更紗に真実イリヤの思い込みを告げる。


「その賭けは、成立しないであります。シマパンダー二号は、ホワイトスクリーマーなのであります。彼女の許可を取らずに、二号と認める訳にはいかないであります」


 遠回しに正体をバラしても全く通じていないので、更紗は酒が飲みたくなった。


「目の前で変身すれば、このアホでも理解するよな?」


 この件を諦めて入谷恐子のベッドに入り込んでいた黒鉄能代は、眠気成分35%の声音で応じる。


「もう夜で住宅地だから、ミュートモードで変身してたもれ」

「むうう、能代に常識を諭された。なんて酷い夜だ」


 更紗は白黒模様のシマパンをブラの中から取り出す(上げ底兼用)と、やっこさんの形に折り畳んで(ミュートモード)仁王立ちで掲げると、変身用の決め台詞を発する。


「輝け、白黒のストライプ!

 敵にトドメを!

 味方に笑いを!

 叫んで飲んで昼寝して!

 ホワイトスクリーマー、ズバッと装着!」


 かなり問題というか、人に見せられない聴かせられないというか、センスがワンダーな更紗の決め台詞と共に、スクリーマーズの戦闘服が・・・


入谷恐子「・・・」

十三夜更紗「・・・・・・・」

黒鉄能代「・・・」


 何も起こらなかったので、入谷恐子はポカーンと口を開けて更紗を見詰める。生まれて初めてジャイアンのコスプレをしたレイヤーを見る、一般人のような目だった。

 更紗の方は、アホな主人公を相手にせずに、黒鉄能代に無表情ながらもキツい視線を向ける。

 黒鉄能代は自身の変身グッズ・コウモリのガーターベルトを着直すと、変身を試みる。

 緊急なので、ミュートモードにはしない。


「チェンジ、ブラックスクリーマー!」


 属性やキャラ付け過剰の黒鉄能代だが、変身の台詞はシンプル・イズ・ベストだった。

 入谷恐子は、変身に伴う絶叫が夜中の近所に鳴り渡り、抗議の衆が押し寄せる図を思い浮かべた。

 それは夢想で終わる。



 何も、起きない。



 主人公サイドには何の断りも無く、ブルーストライプ本社は十分前に、四十二秒で壊滅していた。

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