第24話 川の底 穂兵徒(ほへと)
ミスドルシャドウがビロン姉妹の最後を視聴して爆笑していると、皇帝が背後から忍び寄って豊満な胸を揉んできた。
「悲しいなあ。同僚が非業の最期を迎えたのに、ぶははと笑って十三回も連続再生するなんて」
「十四回です」
「葬儀の手配をしたいのだが、頼めるかな?」
世界征服はしないけれど、葬儀だけはマメにしてくれる川底帝国だった。
「揉み終わってからですか?」
「いや、揉むだけでなく最後まで…あ、先に用事を済ませてくれたまえ」
上機嫌の邪魔をされて、射干玉の長髪がユラユラと波打つ程に不機嫌になったミスドルシャドウを慮り、皇帝は珍しくも前戯を断念する。
更に珍しい事に、一度も射精しないまま、ミスドルシャドウと同じ部屋から退室した。
極悪人として悪評の多い皇帝だが、セックスに関してはイチャラブ至上主義者である。
「で、ビロン姉妹の遺体を回収したいので、交渉役を任せたいのですが」
食堂で味噌サバ定食を摂取中に難役を振られて、
口中の食物を完全に咀嚼し終え、昆布茶で流してから、コトミはお断りの言葉を連ねる。
「民間戦隊が倒した怪人の遺体を返してくれる訳ないでしょ復活の危険性があるんだから遺品の返却すらホイホイとは行かないわよそっちが本体で復活するパターンもあるから無理でしょその話やめてよねもうあの姉妹の遺体がないのなら替わりに石ころでも入れときなさいよ旧日本軍はそうしたのよエコでいい話ね遺族以外には石ころが非人道的で気になるならキン消しでも入れなさいよあの姉妹ならバッファローマンとカナディアンマンでいいわね」
ミスドルシャドウは、句読点としてコトミの口に割り箸を差し込む。
コトミは六本目と七本目の手を動かして、牙に詰まった割り箸を取り出して、会話を続ける。
「何で誰も戦いを見届けなかったのよ負けた時の作法でしょ遺体の回収もしなかったなんて怠慢でしょ責任者誰よ焼き土下座ものでしょ遺体なしで葬式しなさいよ遺族なんていないでしょ香典は出さないわよ破産しちゃうわ破産しちゃうわ」
ミスドルシャドウが割り箸を複眼前二センチの位置に持って来たので、コトミは口頭弁論を中断する。
「この仕事をやりたくないのであれば、コトミより相応しい人材を教えて」
クリーニング室で本日七十八着目の背広を整え終えた狩沢マサキは、残業時間が二時間超えている事に気づいていなかった。
ミスドルシャドウが股下から声を掛けてから、狩沢マサキは腰を屈めて身長を元に戻す。
高天井に吊るした背広の群れは、布状の身体を四メートルに伸ばせる狩沢マサキ専用のクリーニング空間になる。川底帝国の戦闘員が着る背広は、全て彼が管理している。
出力元の小説で『全身が布生地の怪人』と設定された狩沢マサキは、見慣れぬ者には生々しい等身大青年人形としてショックを与えるので、表には出ない。
戦闘力は全くないが、生命反応が全くない『服飾品』として何処にでも潜入できる。
ミスドルシャドウが任務を伝えると、彼は絹が裂けるような音を関節から発してガクブルし始める。
「僕に死地へ赴けと?」
狩沢マサキは、布状の顔で器用に恐怖に震えて見せた。
これは無理そうだなあと、ミスドルシャドウが諦めようとすると、狩沢マサキは絹の手で彼女の手を取る。
「あ、ありがとうございます! 戦死を恐れませんよ、僕は! 戦死を恐れない戦士です」
「・・・」
「今のギャグの何が面白かったか弁護すると」
「黙れ」
狩沢マサキは黙ったが、国際基準の手旗信号で任務参加の意思を伝え続ける。手旗信号を止めたら、モールス信号でも使うだろう。
(あの句読点廃棄女、『任務に最適の人材』じゃなくて、『危ない任務に涎を垂らして食い付く人材』を紹介しやがった)
こんな人材に、潜入任務を任せる者はいない。
「もういいわ。他に人を探すから」
話をキャンセルしようとするミスドルシャドウの手を握り、狩沢マサキは宣言する。
「僕から死地を奪うというなら、この手で僕の心臓を切り取るがいい!」
ミスドルシャドウはメイドロボ店員一号&二号に電子レンジを運ばせると、狩沢マサキの頭部を入れてスイッチを入れる。
「どう? 死地が好きになった?」
「これ死地地地地ちちと、ちと違う気がするポプテピピック」
600ワット強で二分温めても死ななかったので、ミスドルシャドウは考えを改めた。
「うん、分かったから。行って来なさい」
いつも通り、極秘戦隊スクリーマーズと戦わせて玉砕させる事にした。
クリーニング室の働き手が野暮用で死地に行かされてから十五分後。
時刻は二十一時を回り、誰も残業せずに自室に篭り始めた川底帝国ホテルに、怒号が木霊する。
「マサキのボケはあゝああ、何処に逃げたあゝああ??!?」
ミスドルシャドウが事態を知るより速く、大怒号の発生者は、川底帝国ホテルのクリーニング室から玄関までを、焼き削りながら出撃して行った。
「? 誰? え? 何で?」
消火設備が作動し、スプリンクラーが通路にいた全ての可燃物に水を撒き散らす中。
巫女衣装を濡らして事情聴取に走るミスドルシャドウは、一人だけ全く濡れずに移動する人物に話しかけられる。
「済まない。弟子の
全身から発せられた光熱のバリアは、身体をスプリンクラーの滝から身を守る出力のみに調節されている。
白いシェフ姿の中年男は柔和そうな手をかざし、温風を発してミスドルシャドウを乾かしながら説明する。
「彼のエプロンの染みが抜けていなくてね。マサキがほぼ元通りにできると請け負ったのだが、弟子の感性では完全に元通りに出来なかった些事にブチ切れてね」
ミスドルシャドウのガーターベルトを膝下まで半脱ぎ状態にして乾かしながら、川底帝国主任シェフは事情説明を続ける。
「私の指導でブチ切れ易さを克服出来たと思いきや、我慢して溜め込んでいただけだったみたいな。今回、一気に吹き出したよ」
川底帝国主任シェフにして川底帝国上級大将ネロス・ギラは、ミスドルシャドウの巫女装束を乾燥させると、仕上げに髪の毛にキスをする。
「あ、セクハラですね、これ」
「自力で気付いただけ、偉いですわ」
ミスドルシャドウに謀殺されても、原因がセクハラだと気付かない者が大多数を占める川底帝国の中で、ネロス・ギラの常識人ぶりは際立っている。
何より、中二病プリンターで出力されたキャラではなく、苦労人の異能者という点で、人望が自然と生まれている。
加えて、三ツ星ホテルのシェフ経験者。
こんな人材が味方であれば、嫌いになるはずがない。
「お詫びに、私が出向こうか?」
柔和そうな中年男の顔が、虎すら逃げ出しかねない肉食獣の笑みに変貌する。
ネロス・ギラ。
『炎熱地獄のグルメ』
『消滅者』
『アガルタの焚き木』
通り名は被害地の数だけあるが、川底帝国では『選別の光帝』と呼ばれている。
敵に回したくないので、誰も嫌いにならないという皮肉を込めて。
次回予告
どうしてシェフが最強なのか?
貴様はスティーヴン・セガールを知らんのか?!
不勉強だぞ。
ぷんぷん。
次回「真夜中のシマパンダー」を、セフレと一緒に観よう!
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