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一連の騒動が終わり、ジスとヴァレッドが契約を結んだその日の夜。夫婦の寝室でヴァレッドはレオポールからジスに対する調査報告を聞いていた。
「本名、ジスレン・ジャック。界隈では一流の情報屋として有名な人物です。今まで特定のところに所属することはなく、お金を出す相手になら誰にでも情報を売っていたそうですが、明らかな犯罪者にはいくら金を積まれても情報を売ることはしなかったようですね。ここ一年以上活動をしていないと噂でしたが、まさかこんなことに巻き込まれてるなんて思いもしませんでした。……というか、あの小説家ジスレーヌ・ジャクロエが男性で、しかも情報屋とか。ほんとびっくりですよ。ヴァレッド様、いい人捕まえましたねぇ」
「まぁ、今回は思わぬ収穫だったな」
ヴァレッドは部屋のソファに座りながら足を組み直す。その姿はゆったりとしたシャツと柔らかな繊維のパンツ二着替えており、すでにいつでも寝られる格好だ。それでも彼はレオポールから渡された報告書にじっくりと目を通す。
「ジスさんの妹さん、クロエさんも体調は快方に向かっているそうです。今はお粥など流動食ばかりですが、二、三日後には固形物が食べられるようになるみたいですよ。それとお二人ともシュルドーへの住み替えを希望しているみたいです。こちらとしても指示が出しやすくなりますし、妹さんの警護も付けやすいので希望をのもうと思っていますが、それでよろしいですか?」
「その辺の判断はお前に任せる。ようやく見つかった情報屋だ。良いようにしてやってくれ」
「わかりました」
ヴァレッドの言葉にレオポールは満足そうに頷いた。そうして、仕事用の顔を収めると夫婦の寝室をぐるりと見渡す。そして、いつものお気楽な笑顔を見せた。
「それにしても、ティアナ様と寝るのはもう慣れたんですね。恥ずかしがっている様子もなさそうですし! この際ですから、このままの勢いでシュルドーに戻ってからも寝室を一緒にしたら良いんじゃないですか?」
「お前な……」
レオポールの言葉にヴァレッドの頬が引きつる。しかし、そんな反応はとうに予想済みだったらしく、レオポールは頭を掻きながらおどけたような声を出した。
「あはは。まぁ、さすがにそれは早すぎましたね! すみません。幼い頃からヴァレッド様の女嫌いを知っている身としましては、今この状況が奇跡のようなものなので、ついついはしゃいでしまいました。私ったら、ダメですねぇ」
「一緒の部屋にするかどうかなんて。そんなもの、ティアナの意見を聞いてからじゃないとダメだろう?」
「へ?」
ヴァレッドのため息交じりの声にレオポールは固まった。しかし、そんな彼を置いたまま、ヴァレッドは言葉を続ける。
「こちらの意見ばかりを押しつけたらティアナだって困るだろう。朝だって俺の方が早いんだから彼女を起こしてしまうことだってあるはずだし、夜中にやりたいことだってあるかもしれないからな。その辺は話し合いで……」
「……つまり、ヴァレッド様はよろしいので?」
食い気味にレオポールはそう聞いた。慎重に、注意深く放ったその声はかすかに震えている。
「『よろしいので?』とはどういう意味だ?」
「ヴァレッド様は、ティアナ様と一緒の寝室でも問題はないということですか?」
「まぁ……、な」
躊躇うようにだが、はっきりと肯定を表すようにそう言われ、レオポールの中の何かが爆発した。
「なんですかそれ!? なんですかそれ!? 本気で言っていますか!? あの女嫌いでどうしようもないほどにめんどくさい貴方が!? 女性と一緒の部屋で良い!? 何か心境の変化でもあったんですか?」
「“女性と”ではなく、“ティアナとなら”だ。他の女となんて考えられるか。反吐が出そうだ!」
想像だけで頬をげっそりと痩けさせるヴァレッドである。レオポールはそんな彼の反応を見て、更にテンションを上げた。
「そうですよね! そう言う人ですよね! 貴方は!! 女嫌いがそうそう治るわけないでしょうからね! つまりティアナ様だけが特別と!? まさか! もしかして!? そうなんですか!?」
瞳を爛々と輝かせながらレオポールはヴァレッドに詰め寄る。そんな家令の顔を押しのけながらヴァレッドは恥ずかしげに視線を逸らした。
「……そうだったら、何かいけないのか? というか、カロルから聞いてなかったのか……」
「はぁあぁあぁ!? カロルさんに先に言ってたとか! それはそれでジェラシーです!! ……が、今回は良しとしましょう! おめでとうございます! ヴァレッド様!! これでアンドニ様に良い報告が出来そうです!!」
「もう、勝手にしろ……」
がっくりとうなだれながらヴァレッドは頭を抱えた。その耳は少し赤い。
「はいはい! 勝手にしますとも! 明日の夕食はとびきり豪華にいたしますね! それとカロルさんに頼んで素敵な夜着の用意を……」
「それはやめろ。頼むから」
ティアナがそれなりの夜着を着てきたら、とりあえず、恥ずかしくて居たたまれなくなるのは目に見えている。
レオポールは頬を赤らめるヴァレッドを後目に、一人浮かれ調子だった。
「あぁっ! 良いですねぇ! 春ですねぇ!! 夏ですが、春ですねぇ!! ……で、ティアナ様にはいつ仰られるんですか?」
「……『仰られる』って、何をだ?」
「決まってるじゃないですか! 告白ですよ! 愛の告白!! 『好きだ』なり、『愛してる』なり!、色々言い様はあるでしょう?」
レオポールの指摘に、ヴァレッドは一瞬固まった。そして、眉間に皺を寄せたまま視線を逸らす。
「今更、言う必要はないだろう? そもそも俺たちはもう結婚してるんだ。そんな言葉があろうがなかろうが関係性は変わらないし、必要性を感じない」
「甘い! 甘すぎますよ! 砂糖菓子ですか、貴方は!! 良いですか? ティアナ様だってあんなにおっとりとしてますが、いつかは良いなぁと思う男性に出会うでしょう! そして、それがヴァレッド様だとは限らない! そういうときに貴方と確固たる絆がない状態だと、簡単にふらふらと違う男性の方へ行ってしまいますよ! それで後悔するのは貴方です! 私が見る限り、ティアナ様もヴァレッド様に好意を持っています。それが男女の情かはわかりませんが、それが友情に近くても気持ちを伝えることで友情から男女の情へ変化することだってあるんです! ここで捕まえておかないと本気で一生後悔しますよ! 大体、貴方は……」
ヴァレッドの鼻先に人差し指を突きつけながらレオポールがそう説教をしていると、突然脱衣室に繋がる扉が開いて、ほかほかと湯気を上げるティアナが部屋に入ってきた。そうして、レオポールの姿を見止めるとにっこりと微笑んだ。
「あら、レオポール様、来られていたんですね」
「はい、お邪魔しております。もう用事が終わりましたので、部屋に帰らせていただきますね」
先ほどまでの般若の顔を収めて、レオポールはいつも通り、さわやかにそう挨拶をする。
そうして部屋を出る直前、レオポールはヴァレッドにそっと耳打ちをした。
「良いですか!? ちゃんと言うんですよ! せめて、一ヶ月以内には!! フラれたら慰めてあげますからね!」
「余計なお世話だ!」
ヴァレッドは思わずクッションを投げつけるが、それはレオポールが出て行った後の扉に当たって、ずるりと床に潰れ落ちた。
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