19

 ティアナ達が教会の謎を探りだろうと立ち上がったその日、ヴァレッドとレオポールもまたその教会について頭を悩ませていた。二人は通常の仕事を終わらせた後、ヴァレッドの部屋で部下が上げてきた報告書を食い入るように見つめている。何冊もの紙の束を積み上げて、腹の底から溜息を付くのは目の下に隈を作ったレオポールだ。

「怪しいのは怪しいのですが、踏み込むほどのしっぽをつかませてくれないというのはすごくもどかしいですね。国と教会は基本的に不可侵の関係ですから、確実に犯罪行為が行われているという証拠がない限り、兵士を送り込めませんし……」

「相手が教会の関係者を名乗っているからな。それが嘘でも何でも、教会という一つの拠点がある限り、簡単に嘘と断じられない。もし理由もなく踏み込んだ段階で、教皇がその場所を本物の教会だと言ってしまえば、国が教会側に付け入られる一つの隙を作ってしまうだろうしな」

 そう言ってヴァレッドは渋い顔をしたまま書類を机に投げた。口をへの字に曲げている彼は相当機嫌が悪そうである。


 この国、ジスラール王国とクリスエグリース教会の仲はあまり良いものとは言い難かった。昔から国を裏で支えてきた教会の力は強く、それは国政をも飲み込まんとするほどだったからだ。国は必要以上に教会を意識し、教会の上層部側はいつかこの国を意のままに操ろうと躍起になっている。国という大きな組織を動かす為にはどちらも欠けてはいけない歯車だったが、互いに互いをいつか食ってやろうと睨みあっている、そんな状態がここ何十年も続いていたのだ。

 なので、教会と国側は互いに不可侵を貫いている。そうすることで、無駄な争いを避け、表面上は平和的に手と手を取り合って国を動かしてきたのだ。


「参りましたね。私たちが個人的に二人で乗り込むのは可能でしょうが、その場合、主犯格を取り逃すか、証拠を消されてしまう可能性が高い。あの神父を取り押さえても、今回のことはあの神父一人がやったことではないでしょうし、その仲間が私たちが神父を取り押さえている間に麻の畑に火をつけてしまうでしょう。やはり、捕まえるには兵を動かしたいですね……」

 レオポールは片眼鏡をはずし、眉間の皺を手で伸ばしながら、うーんと唸る。しかし、伸ばしたはずのその皺はまたすぐに刻まれて、険しい表情をレオポールに作り上げた。ヴァレッドも同じく険しい表情のままじっと床を見つめている。

「このままのさばらせておけばこの土地に薬物が蔓延する。しかし、このままでは兵を動かすだけの証拠が足りない」

「あの神父が何か城の物を盗んでその証拠を残してくれたりすれば、手っ取り早いんですが……」

 レオポールのその言葉をヴァレッドはあり得ないだろうと鼻で笑う。一人掛けの肘掛け椅子に身を沈ませて、腕を組むと目を眇めた。

「そうだな。まぁ、そんな間抜けな奴なら良いんだが……。まぁ、あと数日様子を見てまったく尻尾をつかませないようなら、国王に借りを作るつもりで突入するしかないな」

「それは、貴方と国王様との仲でも流石に怒られるんじゃないですか?」

「知るか。俺に見合い地獄をさせた奴をもう友人だとは思っていない。俺が断れば、国王命令だとかなんだとか言ってきてっ! 前はあんな奴じゃなかった!」

「それだけ貴方のことを心配していたのですよ」

「不要な世話だ!」

 貧乏揺すりをしながら目を怒らせる己の主人を見て、レオポールはふっと微笑んだ。その笑みにはどこか出来の悪い弟を見るような優しさを含んでいる。

「でも、そのおかげでティアナ様に会えたじゃないですか。貴方の屈折しきったその性格に付いてきてくれる稀な女性です。大切にしてあげてくださいな」

「……レオ、屈折しきったとはあんまりじゃないか?」

「あんまりじゃありません。表現としてはとても控えめです。……あぁ、ティアナ様と言って思い出しました。ヴァレッド様、ティアナ様との約束はどうなったのですが? そちらは貴方が自分でやっておくと言っていましたが」

 レオポールが言う『ティアナ様との約束』というのは、もちろんザール達のことだ。彼らのことは自分が何とかするから、もう教会に行かないでくれとヴァレッドがティナに言ったのは二日前。進捗がどうなっているかとレオポールが聞けば、ヴァレッドは怒らせていた目をおさめて、机に肘をつけた。

「あの暴れていた子は昨日俺が病院に連れて行った。やはり薬物中毒だったらしい。その子から話を聞ければよかったんだが、今は記憶が混濁していて現実と妄想の区別がつかないと医師に言われた。話を聞くのはまた先の話になりそうだ。他の子供達には今のところ異常は見受けられないからそのままだが、ティアナの名で食事の寄贈をしてきた。あれだけの量があればしばらく食うのに困ると言うことはないだろう」

「とりあえず、子供達の身は大丈夫そうですね。けれど、ヴァレッド様がそこまで動いているとなると……」

 レオポールの厳しい視線にヴァレッドもまた同意するように頷いた。

「あぁ、相手に俺が動いているということはもうバレているだろう。この二、三日で決着をつけないと逃げられる可能性が高い」

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