15

 ティアナの話によると、数日前、薔薇園の付近でザールを発見したのが事の始まりらしい。後から解った事だが、ザールは城の厨房で盗みを働こうとして失敗した帰りだったそうだ。空腹で死にそうになっている彼にティアナは自分の昼食を与え、なんと一人で彼を送っていったらしいのだ。 そして此処、『パトリップ孤児院』を知った。

 教会が管理するその孤児院では、親を亡くした子供が十数人で共同生活をしていた。基本的にこの国で孤児院は教会が管理する物が多く、その教会の規模によって本部から金銭が配当されている。勿論、この教会にも配当金は支払われているのだが、その額は少なく、子供達は満足のいく生活を送れていないのが現状だった。

 そんな彼らは飢えを凌ぐために教会の裏にある畑で野菜を作り、余った物は売り歩いて日銭を稼いでいた。それでも作物がとれなくなる冬には餓死する者もいたし、衛生環境も決して良いとは言えなかった。

 そんな現状を知ったティアナは、その孤児院に日持ちのするパンと干し肉を差し入れ、一緒に室内を掃除してまわったのだという。


「私だけでは手の回らないところをティアナ様に助けていただきました」


 目尻と眉を下げながら、すまなそうに神父はそう口にした。確かに子供十人以上を彼が一人で面倒見るのは大変だろう。寂れた教会へ配当される金銭も雀の涙ほどに違いない。ヴァレッドは少し考え込むようにしながら神父とティアナの話に耳を傾けていた。


「それで、今日はこれをもってきましたの!」

 話が一段落ついたところで、ティアナはヴァレッドが持ってきた箱の蓋を取った。そこには色とりどりの糸とハンカチが詰まっている。

「これ?」

「刺繍の道具ですわ。私が教えられることはこれぐらいしかありませんから」

「ティアナ様、すみません。私たちに刺繍をするような時間は……」

 すまなそうにそう言う神父にティアナは微笑みながら頭を振った。

「私が今から教えようと思うのは、趣味ではなく仕事です。私もそんなに蓄えがあるわけではありませんし、家から持ってきた金銭にも限りがあります。なので皆さんでお仕事をしませんか? これなら子供でも手先の器用な者なら出来ますし、季節に関係なくお金を稼ぐことが出来ます。良い物が出来れば買い取ってくれる問屋さんもカロルが見つけてくれていますから」

 これには、カロル以外の三人が目を剥いた。まさかおっとりとした彼女が此処まで考えているとは思っていなかったのだろう。確かに、差し入れや寄付をするだけではその場凌ぎにしかならない事は明白だ。仕事をしようにも子供が多く、読み書きも出来ない子ばかりなので雇ってくれるところも少ない。ティアナのその案は、彼らにとってまさにうってつけだった。

「……差し出がましい真似ばかりしてしまい、すみません」

「そ、そんなことっ! そこまで考えていただいて、ありがとうございます!」

 恐縮しきりの神父がまた深々と腰を折った。本当に腰が低い神父である。そのままどうやって教えるのか、いつから誰に教えるのかを神父とティアナは話し合う。ヴァレッドはその様子をじっと静観するだけだった。


 そんな時、甲高い子供達の叫び声が耳を劈く。外で話し合っていた四人はその声に顔を見合わせた。一番に飛び出したのはヴァレッドで、次いで神父、レオポール、女性陣もその後に続く。

「どうかしたのですか!?」

 ティアナが教会の奥にある宿舎に駆け込んだ時、辺りは騒然としていた。投げ倒された椅子と机の奥に、子供達が怯えた表情のまま固まっている。騒ぎの中心に一人の子供がいた。年齢はザールよりは少し幼いぐらいだろう。十代前半のその子は目を血走らせ、まるで猛獣のような唸り声を上げていた。それに対峙しているのはヴァレッドと神父だ。その後ろにはレオポールに支えられたザールがいる。ザールの頬は赤く腫れ上がり、鋭い目つきで、騒ぎの中心のその少年を睨みつけていた。

 子供同士の喧嘩にしては大事すぎる事態に、ヴァレッドは少し低い声を出す。

「ザールと言ったか? お前アイツに何かしたのか?」

「知らないよ。アイツよくああいう事あるんだ。その度に神父様が薬で落ち着かせてる」

「……そうか」

 何か言いたげな表情でヴァレッドは神父を一瞥する。神父は青い顔をしながらも、猛獣のように唸り声をあげるその子を止めようとじりじりと間合いを詰めていた。

「俺が行こう」

「公爵様っ!」

 神父が止めるのも聞かず、ヴァレッドは輪の中心に入っていった。その歩の進め方に一切の迷いはない。唸り声を上げているのは確かに十代の子供だ。しかし、理性を忘れたようなその姿からは危険しか感じられなかった。

 その子のもつ刃物のような雰囲気に、ティアナは思わずヴァレッドを止めようとしたが、それをレオポールがやんわりと止めた。

「心配ありませんよ。ああ見えてもヴァレッド様はお強いですから」

「でもっ!」

「だてに何年も軍属していたわけじゃありませんよ」

 にっこりと微笑むレオポールにティアナが言葉を探していると、麦袋を殴ったような重たい音が辺りに響いた。それはヴァレッドが少年の鳩尾を殴った音だった。一瞬で気絶した少年の体を抱き留めて、ヴァレッドは彼を軽々と抱き上げる。

「命に別状はないし、すぐ目覚めるだろうが手当を頼む」

「あ、はいっ!」

 少年を受け取った神父はそのまま奥の部屋へと消えていった。

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