第28話『ファインダー』

 そのとき、不意に沸き上がる疑問。


 ……あれ?

 じゃあ、リオさんは誰に告白されたんだ?


 NOZAELノザエルのメンバーは、あと3人。

 ステージに目を向ける。

 そこには、ベースの人とドラムの人がいた。


 ベースの人は長髪で長身。

 丁寧にベースのセッティングをするその姿は、とてもクールで格好良く見えた。


 それと対照的に、ドラムの人はとても明るい性格のようだ。

 ステージの上から、ファンの人たちとじゃれあっている。

 笑ったときに揺れる金色の髪が、とても印象的だった。


 そして、メンバーはもう1人……

 僕は振り返る。


 ギターのナオ先輩……


 先輩は、今も楽しそうにミサキと会話をしている。


 まさか……!?


 僕が疑惑の視線を向けた瞬間、不意にナオ先輩がこちらを向いた。

 思わず、心臓が大きく脈を打つ。

 僕が見詰める中、先輩の口がゆっくりと開いた。


「ヒカル、せっかくだから記念撮影しようぜ!」


 な、なんだ……

 僕を見ていたんじゃないのか……


 ホッと胸を撫で下ろす。


「もう……あなたの写真好きはどうにかならないの?」


 そう言って、ヒカルさんは苦笑する。


「いいじゃねーか、魂とか抜かれるワケじゃないし」

「それはそうだけど」

「それにさ……」


 不意に、ナオさんの視線が僕に移った。


「俺の大切な後輩が、彼氏を連れてきたんだぜ?」


 ……えっ!?

 彼氏って僕のこと!?


 にわかに沸き上がる喜び。

 案外、ナオ先輩って、いい人なんじゃ……


 ――じゃなくて!!


 僕は、嬉しい気持ちを抑えてミサキを見た。

 彼女は、静かに微笑んでいる。


 でも……

 その瞳には、悲しみの色が滲んでいるように見えた。


 自分のことを見てもらえない悲しみ。

 それは、僕が一番知っている。


 もはや僕の中の喜びはどこかに吹き飛んで、胸の中には苦しさだけが残った。


 不意に込み上げてくる感情。

 怒り――


「くっ……!」


 僕は、拳を握り締めて小さくうめく。


 誰のために……

 誰のために、ミサキはここに来たと思ってるんだよ!!


 僕じゃない!

 ミサキは、あなたのことが……!!


 そう言おうとして一歩前に進み出た。


 だけど……

 その想いを、言葉として出すことは出来なかった。


 不意に、誰かが僕の腕をつかんだからだ。


 慌てて振り返る。

 僕の腕をつかむ者、それは……


 ミサキだった。


 その瞳に、より深い悲しみを滲ませ、彼女は静かに首を横に振っていた。


「ミサキ……」


 僕は彼女の隣に並ぶと、小さく声をかけた。


「ううん……大丈夫だよ」


 ミサキは力無くそう言うと、少しだけ微笑む。


 その悲しい微笑みが――

 僕の胸の1番深いところに突き刺さる。


「あ、あのさ……」

「ほら、君たちも並んで」


 そのとき、ライブハウスの店長が、僕の言葉に割り込んできた。

 手には、デジタルカメラが握られている。


「ガク、私たちも行こう」

「うん……」


 ミサキに促され、2人で撮影の列に加わる。

 壁際で、前後2列に並ぶ僕たち。


 前でしゃがんでいるのは3人。

 左から僕、ミサキ、リオさん。


 後ろで立っているのはNOZAELノザエルの4人。

 左からナオ先輩、ボーカルのヒカルさん、そして名も知らぬベースの人とドラムの人。


 僕は、チラリと隣のミサキを見た。

 彼女は、真っ直ぐ前を見詰めている。


 僕は、さっき何て話し掛けようとしたんだ……


 心配いらない。

 きっと大丈夫だよ。


 そんな言葉、気休めでしかない。


 かと言って、


 仕方ないよ。

 諦めよう。


 そんな残酷な言葉、絶対に言えっこない!


 僕には、好きな子1人、救う言葉すら見つけられない……


 僕は……

 無力だ……


「それじゃ、撮るよ」


 店長の声が響く。

 一斉に笑顔を浮かべる一同。

 僕も慌てて前を向いた。


 そのとき――


「あっ、やっぱちょっと待った!」


 ナオさんが、撮影を制止する。

 一同の視線が彼に向く。


「リオ!」


 しかし、そんな視線など気にする素振りもなく、彼はリオさんを呼んだ。

 自分を呼ぶ声に、ビクンと体を震わせるリオさん。

 撮影の列を離れ、ナオさんは彼女の元に向かった。


「な、なに……?」


 驚くリオさんの前に立った彼は、おもむろにその腕をつかむ。


「ちょ、ちょっと……」

「お前は、こっちだ」


 そう言って、ナオさんは彼女を連れて元の位置に戻る。


「ちょ……だ、だって、後ろはNOZAELノザエルのメンバーでしょ!?」

「いいんだ……」


 ナオさんは、リオさんを見詰めた。


「お前は、ずっと俺の隣りにいろ」


 真っ直ぐに見詰めるその瞳。


「も、もう……強引なんだから……」


 リオさんは顔を赤らめながらも、嬉しそうに微笑んだ。


「……ったく、またあの2人は~」


 ため息をつくヒカルさん。


「いっつもあんな感じなのよ?」


 ヒカルさんは、前列の僕とミサキをのぞき込むように言う。


「いつも……なんですか?」


 ミサキの問いに、彼女は苦笑いを浮かべた。


「ホント、困っちゃうわよね」


 でも、そう言うヒカルさんは、どこか嬉しそうだった。


「そっか……そういう……」


 ミサキはつぶやくと、下を向く。

 握り締めた手が、小刻みに震えている。

 小さな体が、本当に小さく見えた。


「それじゃ、今度こそ撮るぞー!」


 ナオさんたちが後列に並んだことを確認し、店長は大きな声を飛ばす。


「いくぞ~……はい、OK!」


 シャッターの切れる音。


「ありがとう、店長」

「それじゃ、頑張ってな」


 親指を上に立てる店長に、ヒカルさんたちは笑顔を返す。

 そして、ステージへと向かうNOZAELノザエルの4人。


 だけど、そのうちの1人の足が不意に止まった。


「先輩……?」


 振り返るナオさん。


「せっかくだから、2人の写真も撮ってやるよ」

「えっ……」

「可愛い後輩が彼氏を連れてきた記念にさ」

「ナオは、ホント写真が好きねぇ」


 僕たちの後ろでリオさんが笑う。


「流れ行くこの時代に、俺は何か形を残したいんだ」


 笑うナオさん。

 それはまるで、明日に希望を抱く純粋な少年の様な顔だった。


「梨川くん、カメラ持ってるかい?」

「えっ!? や……スマホくらいしか……」


 そう言って、僕はポケットからスマホを取り出す。


「それでいいさ、撮ってやるよ」

「あ……で、でも、川で濡れて壊れちゃったから……」


 そう言いながら、僕は電源ボタンを押してみた。


 ――Welcome!


 普段なら、そういう表示がされ立ち上がる。

 でも、やっぱり何の反応も示してくれなかった。


「うぅ……」

「じゃあ、俺のスマホで撮ってやるよ」


 そう言うと、ナオさんはスマホを取り出した。


「ほら、並んで」

「や……で、でも……」


 笑顔のナオさんに、困惑の表情を浮かべる。


 ミサキの気持ちを考えたら、そんなこと……


 そのとき、ミサキが一歩進み出た。


「えっ!?」

「お願いします、先輩!」


 驚く僕をよそに、ミサキは真っ直ぐナオさんを見る。


「よし、じゃ並んで」

「ちょ……ちょっと、ミサキ」

「いいから」


 小声で言った僕に、同じように小声で返すと、カメラに目線を向けた。

 僕に寄り添い微笑むミサキ。

 僕は、彼女の考えが良くわからず、なされるがままに立っているだけだった。


 程なくして、シャッター音が響く。


「……よし、上手く撮れたぞ」


 ナオさんはそう言って笑うと、スマホのカバーを外した。

 そして、メモリーカードを引き抜くと


「ほらっ」


 と、僕に手渡した。


「えっ……これは?」

「来てくれたお礼に、メモリーカードごとやるよ」

「や……で、でも……」

「いいじゃん、もらっときなよ」


 リオさんが笑う。


「ありがとうございます! ライブ、頑張って下さいね!」


 困惑する僕に代わって、ミサキがお礼を言った。


「ああ! それじゃ、楽しんでいってくれよな!」


 ナオさんは微笑むと、ステージへと走り出す。


「ふぅ……」


 僕の口から、自然と短いため息が漏れた。


「ミサキ……大丈夫?」


 しかし、反応はない。

 彼女は、去っていくその背中を、じっと見詰めている。


「……ミサキ?」

「え……? あ……ご、ごめん」


 もう一度声をかけて、ようやくミサキは我に返ったように振り向いた。


「ミサキ、あのさ……」

「あ……もうすぐ始まるみたい」


 ミサキのその言葉に合わせるように、店内の照明が落とされていく。


 わずかな明かりは残されているので、完全な暗闇というわけではない。

 でも、その心許ない薄明かりの下では、もうミサキの表情を読み取ることはできなかった。


 手の中に残された小さなメモリーカード。

 僕は、それを強く握り締めた。

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