第5話

五話

「・・・め・・・・・・に・・・おにひめ・・・!」

鬼姫(・・・? 誰かの声? 私、海に落ちたはずじゃ・・・)

赤鬼「鬼姫!!」

鬼姫「あか、おに?」

赤鬼「気が付いた⁉ 鬼姫、しっかりぼくの腕つかんで! 今から引っ張り上げてもらうから」

鬼姫「でも・・・!」

レイナ「私たちがヴィランを抑えているうちに早く!!」

赤鬼「ついでにぼくの右足と左足の長さが変わっちゃう前に早く!!」

桃太郎「拙者が右足を引っ張り上げる! タオ殿は左足を!」

タオ「いちにのさんで、引っ張り上げるぞ!」

タオ・桃太郎「「いち、にの、さん!」」

赤鬼「うう・・・か、関節が痛い・・・」

桃太郎「ふんっ その程度で済んだことに感謝せい。頭っから崖に飛び込んだおぬしを拙者らが掴まなければ、今頃鬼姫ともども海の藻屑だったのだからな」

赤鬼「わかってますって。お二人とも助けてくれて、ありがとうございました。それで、君は大丈夫? ぶつけたところとかない?」

鬼姫「なぜ・・・なぜ助けた! 化け物が現れたのも、おぬしらがこんな危険な目に遭っているのも、すべて私のせいなのに! 私が、私さえいなくなれば、狂った筋書ももとに戻ったかもしれないのに!」

赤鬼「それは違う。それを言うならすべての元凶はぼくだ。ぼくがこの地へ足を運ばなければ、こんなことにはならなかった」

鬼姫「違う! これは私の心の弱さが招いた結果なんだ! 私が、私のせいで、こんな・・・」

タオ「おい、今は言い争ってる場合じゃ」

鬼姫「やはり私は、鬼姫失格だ・・・」

赤鬼・桃太郎「・・・」

桃太郎「おぬしは自分のしたことを、心から悔いているのだな」

鬼姫「・・・」

桃太郎「ならばやはり、おぬしを救ったことは間違いではなかった」

鬼姫「!」

桃太郎「鬼姫、おぬしがこの化け物を呼び寄せたというのなら、おぬしは最後まで見届けるべきだ。命を捨てるのではなく、ともにこの状況を打破する力となるべきだ」

赤鬼「簡単に命で贖おうとしないで。君には、君を必要としている仲間がいっぱいいるんだから。ね?」

鬼姫「!! ・・・すまない、ふたりとも。ありがとう」

赤鬼「立てる? けがとかしてない?」

鬼姫「ああ。問題ない」

桃太郎「何なら、拙者の後ろにいても構わんぞ」

鬼姫「必要ない。自分より弱い者に守られるなど不安以外の何物でもない」

桃太郎「なっ!」

エクス「話は済んだ?」

タオ「おう! 待たせたな!」

シェイン「タオ兄、途中から完全に空気だったんですから、さっさとこっち手伝いに来てほしかったですね」

タオ「しょうがねーだろ! 抜け出すタイミング逃したんだよ」

レイナ「みんな、これで最後よ。一気に畳みかけましょう!!」



ヴィラン戦



鬼姫「・・・」

桃太郎「・・・」

赤鬼「えーっと、桃太郎さん。この子にはこの子なりの事情があるんです。そもそもなんできびだんごを盗もうとしたかと言いますと・・・」

エクス「・・・」

レイナ「だめよエクス。いくら赤鬼の説明が下手だからって、口出ししちゃ。私たちが関わるのはここまでって決めたでしょ」

エクス「うん。わかってるよ」

レイナ「そして、彼がこの物語に関わるのも、ね」

赤鬼「・・・というわけなんです」

桃太郎「・・・」

赤鬼「許してあげてほしいとは言いません。ですが、この子の事情も踏まえたうえで、判断してあげてください」

桃太郎「・・・・・・・・・。二年だ」

鬼姫「え?」

桃太郎「二年のうちに鬼ヶ島の復興を終わらせ、拙者を迎え打つ準備を整えろ。それ以上の猶予は与えん」

鬼姫「おぬしはその間、どうするのだ」

桃太郎「拙者は旅立って早々に、寝ているところを野犬に襲われ、きびだんごを奪われた。野犬に寝込みを襲われるようでは到底鬼どもに敵うまいと、村に戻り更に二年、鍛錬を積み、満を持して鬼ヶ島へ討伐に向かう」

鬼姫「それではおぬしが!」

桃太郎「これが受け入れられぬなら、この話は無かったものとする。選べ、鬼姫」

鬼姫「・・・・・・・・・。・・・すまない。本当にすまない」

桃太郎「別に。きびだんごを盗まれたのは拙者の落ち度だ。それにおぬしには先ほどの戦いで幾度も庇われた。拙者にはまだまだ修行が足りていないこともわかったからな」

タオ「正直に助けてもらったお礼って言えばいいじゃねーか」

シェイン「素直になれないお年頃ってやつですかね」

桃太郎「煩いぞそこ! 拙者は単に万全の鬼姫と正々堂々戦って勝利を収めたいだけだ! それに・・・」

桃太郎「しょ、将来妻となるものより弱いのは、男として納得いかん」

エクス・赤鬼「えぇ!?」

タオ「お前ら夫婦になるのか⁉」

鬼姫「正確には捕虜だがな。鬼ヶ島の決戦で負けた鬼姫は桃太郎の捕虜として、一生人間の村で暮らしていくのだ」

赤鬼「じゃあ、前に言ってた『私には未来などない』とかなんとかって言葉の意味は」

鬼姫「捕虜に明るい未来などあるはずないだろう」

エクス「自殺するって意味じゃなかったんだね。赤鬼、ぐったりしてるけど大丈夫?」

赤鬼「なんだろう・・・ほっとしたけど、それ以上に疲れた」

桃太郎「・・・鬼姫。正直なことを言うと、拙者もおぬしと同じ気持ちだった。天はなぜ、鬼の姫などという決して相容れぬものと夫婦になるよう拙者に運命づけたのか、理解できなかった。しかし、さきほどのおぬしの言葉や、そこの男の話を聞いて、おぬしが仲間思いで正義感のある、立派な統領であることを知った」

桃太郎「『人と鬼は共存できる』。拙者はおぬしの仲間思いでまっすぐな心を好ましく思った。それは拙者が村人を思う心と同じ物だからだ。鬼も人も、見た目が違うだけで根っこの部分は変わらぬのかもしれないとも思う。こんなこと、鬼の長たるおぬしが聞いたら業腹ものかも知れんが、これが今の拙者の本音だ」

桃太郎「つまり何が言いたいかというとだな。夫婦になってからも、鬼の長として、鬼姫としての誇りを持つおぬしをないがしろにするつもりはない。だからそう悲観しないでほしい」

鬼姫「桃太郎・・・」

鬼姫「言っておくが鬼ヶ島では、女鬼は自分より弱い男鬼に嫁ぐことはない。桃太郎。今のおぬしに私の夫たる資格はないぞ」

桃太郎「ぐふっ」

エクス「鬼姫、はっきり言うね・・・」

タオ「これはキツイぞ・・・」

桃太郎「ええい! 言われなくともわかっている! 今に見ていろ。二年後、必ずおぬしより強くなってやるからな!」

エクス「あ、復活した」

シェイン「桃太郎さん、涙目ですけど」

鬼姫「私とて二年を無駄に過ごすつもりはない。今より更に強くなっているぞ?」

桃太郎「修行量を今までの二倍にする!」

鬼姫「まさか鬼と人間の体力の差を忘れたわけではあるまい? 私がこなしてきた修行量はおそらく軟弱なおぬしの倍以上だぞ?」

桃太郎「な、なら四倍だ!!」

レイナ「鬼姫、今までになくキラキラしてるわね」

エクス「多分、あれが素なんだと思う」

タオ「ありゃ桃太郎のやつ、将来絶対に尻にひかれるな」

シェイン「いいんじゃないですか? けっこうお似合いっぽいですよ」

赤鬼「・・・よかった。やっと笑顔になった」

鬼姫「せいぜい修行に明け暮れるのだな、桃太郎!」

桃太郎「ああ。首を洗って待っていろ! 鬼姫!」


――こうしてこの想区での一騒動は幕を閉じ、鬼姫、赤鬼と別れた僕たちは、道が途中まで一緒の桃太郎とともに、沈黙の霧へと向かっていたんだけど・・・。


桃太郎「本当にいいのか? 日もだいぶ傾いているし、一晩くらい拙者の村で休んだらどうだ?」

レイナ「お申し出はありがたいけど、私たちはこの想区に関わりすぎたわ。これ以上混乱を招かないためにも、一刻も早く立ち去らなくちゃ」

桃太郎「そうか」

エクス「桃太郎は、村に帰ったらすぐに修行を始めるの?」

桃太郎「むろんだ。だが、それだけではない。村人の多くは、鬼に対して悪い印象を抱いている。鬼姫をないがしろにしないと言った以上、この二年の間に少しでも彼らの鬼への認識を変えてもらう努力もしていくつもりだ」

タオ「『人と鬼は共存できる』、か。それをお前の口から聞くなんざ、妙な心持だ」

桃太郎「ああ、実はあれは別の者の言葉を借りたのだ」

桃太郎「数か月前、拙者の村を一人の旅人が訪ねてきてな。屋内でも決して編み笠を外そうとしない奇妙な男で、だが彼の語る旅の話に、村から出たことのない拙者はとても興味を惹かれた。彼の話したものの中に、鬼と人とが共に暮らしている村というのがあってな。その話の締めくくりに彼が言ったのだ。『人と鬼とは共存できる。どんな誤解も、諦めない強い気持ちと相手を思う優しい心があれば、きっと解けるものなんだ』とな」

エクス「・・・ねえ、それもしかして」

レイナ「その旅人がどこからきたかとか、聞いてない?」

桃太郎「たしか、拙者の村から五つほど山を越えたところから来たと言っていたが、それがなにか」

シェイン「五つ山を越えたとこって、たしか赤鬼さんも同じこと言ってませんでしたっけ」

エクス「赤鬼ぃーーー!!!」

レイナ「タオ! 桃太郎担いで急いで戻るわよ!」

タオ「なんだかよくわかんねーが、合点招致!」

桃太郎「お、おい何をする⁉ 降ろせーーーー!!」




鬼姫「赤鬼。おぬしには本当に世話になった。礼を言う。ありがとう」

赤鬼「そんなことないよ。て、言っても君は聞き入れないよね。なら、ぼくはこの旅の途中で君たちと出会えてとても良かった。だからそれに対してお礼を言わせて。ありがとう」

鬼姫「行くのか」

赤鬼「うん。青鬼はここには来てないみたいだし。少しでも早く会いたいから」

鬼姫「役に立てず、すまなかったな。余計な足止めもしてしまって」

赤鬼「ううん! さっきも言ったけどぼくは君や桃太郎さんたちと出会えて本当によかった。新しい場所で新しい友達ができて、すごく嬉しかったんだ」

鬼姫「私も、おぬしと友人になれて、とても嬉しく思うぞ」

赤鬼「ねえ、最後に一つだけいいかな?」

鬼姫「ああ」

赤鬼「君の名前、教えてもらえる?」

鬼姫「桃太郎や、あの旅人たちがさんざん呼んでいたと思うが」

赤鬼「そうじゃなくて、ちゃんと君の口から自己紹介してほしいんだよ」

鬼姫「変な奴だな。けれど確かに、恩人であり友人であるおぬしに名乗らぬなど、鬼の姫として礼儀に欠けるな」

鬼姫「私は鬼姫。鬼ヶ島の姫にして頭領。もし何か困ったことがあれば、いつでも訊ねてほしい。友人として、おぬしに力添えをしよう。むろん、遊びに訪ねてくれるのも大歓迎だ」

赤鬼「なら、青鬼を見つけた時は、一緒に君を訊ねるよ。鬼姫に、ぼくの親友を紹介したいから」

鬼姫「その時は、心から歓迎しよう」

赤鬼「それじゃあ・・・て、あれ? 向こうから走ってきてるの、エクスさんたちだよね? さっき別れたばかりなのに、何か忘れ物でもしたのかなぁ?」

鬼姫「赤鬼」

赤鬼「なに?」

鬼姫「おぬしの村は、人と鬼がともに暮らす村と言っていたな。私もいつかここを、そんな場所にしたいと思う。鬼と人の間にある溝は深いし、そうやすやすと埋まるものでないことも承知している。しかし私は、生涯をかけてその溝を埋める努力をしていこうと思う」

鬼姫「悲観し諦めるのではなく、自暴自棄になるのでもなく、定められた運命の中でも、私と、私の大切なもの達の幸せのために、足掻いていこうと思う」

鬼姫「それが私の、鬼姫の『その後』の物語だ」

  


                          おわり

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