『ゴーストバスターという職業』〜「ひとと仕事」連載第8回より〜

さいとし

インタビュー本文

 ゴーストバスターズの最新作が8月に公開された。

 複雑な版権問題を乗り越えてリブートし、来年には初のスピンオフ作品の公開も控える本シリーズ。様々な事件、社会情勢を要素として取り込みつつも、ニューヨークを舞台にゴーストバスターたちの活躍を描くというストーリーの骨子は第1作から変わっていない。人種のるつぼ、あるいはサラダボウルと呼ばれるニューヨークの変遷をエンタテイメントの切り口から描いた傑作として、リブート第3作はアカデミー脚本賞にまで輝いた。


 ところで、わたしたちは「本職の」ゴーストバスターたちについて、どれだけのことを知っているだろう。さすがに、映画のごとくレーザーガンを振り回したりしてるのではないとは、想像がつく。現実の彼ら、彼女らはどのような経緯で「ゴーストバスター」という職業を選び、日々を暮らしているのか。どのように依頼を得て、どこから報酬をもらうのか。実話怪談の類からは見えない「ゴーストバスター」たちの生態。知りたくはないだろうか。


 今回の「ひとと仕事」で、わたしたちは本誌編集長ですら期待していなかった「ゴーストバスター」へのインタビューにこぎつけた。とあるツテからお会いできた本職の「ゴーストバスター」仮名Sさんは、

「華々しいエピソードなどないから」

と当初は難色を示されていたが、ゴーストバスターの職業的側面を知りたいという

主旨を説明すると、いくつかの条件付きで取材に応じてくれたのである。


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−今回は取材に応じていただき、ありがとうございます。


Sさん

「よろしくお願いします。インタビューしたい、取材したい、という問い合わせは過去なんどか受けたことがあるんですけれど、お断りしていたんです。ほとんどが、実話怪談系のライターさんでしたね。喜んでもらえるような派手なエピソードなんて持っていないですし、元ネタとして脚色されて使われるのもちょっと嫌だなぁと。職業としての側面を知りたい、という主旨の取材依頼は初めてです。そういうことなら、と」



−わたしたちとしても、応じてくださるゴーストバスターさんが実在するとは思ってもみませんでした。この機会は逃せない、と思いましたね。



「実在ですか。なんだか、幽霊かUMAみたいな扱いですが(笑)、光栄です」


「言うまでもないことですが、ゴーストバスターというのは、斜陽どころか常に薄暗がりにあるような職業です。それが逆に魅力に思えてしまう若い方も多いと思います。ですので、最初にお伝えしたいのは『期待しないで』ということ。ゴーストバスターという仕事にも、わたしのトーク力にも『期待しないで』ください(笑)」



−学生が憧れるような職業ではないと?



「うーん。いや、憧れは持ってもらってもいいですよ。とてもありがたいことです。ゴーストバスターに限った話ではありませんが、就職後に『期待』通りの道を進めなかった時に『憧れ』は踏ん張る理由になりますから」



−それでは、よろしくお願いします。では、まずSさんがゴーストバスターとなった経緯について、よろしければお願いします。



「この職業に就いたそもそものきっかけは、小5の頃の経験でした。区画整理の関係で、大した距離じゃないんですが引っ越しをしたんです。ところがですね、新しい家に越してからというもの、夜のうちに妙なアザが体にできるようになりました」


「遊び盛りの小5ですからケガなんでしょっちゅうですし、私も母も最初は全く気にしてませんでした。けど、右腕のアザが消えたら今度は左腕に出てくる。寝相の悪さの所為かとも思い、わざわざ部屋の隅に布団を寄せて体を固定してから眠ったりもしてみたんですが、それでもアザができる。そのうちだんだんアザが大きくなりまして。数も増えてきたんです」


「さすがに不安になったのか、母も病院に連れて行こうとしてくれました。けど、うちは母子家庭で近所に親族もおらず、その頃は母の会社が一年で一番忙しい時期だったので、時間が取れなかったんです。母の負担になりたくなかった私は、母の財布から保健証だけ取って近所の整形外科に一人で行きました。診察料はお小遣いでなんとかなるだろうと。失敗でした」


「なんと児相(児童相談所)に話が行ってしまったんですね。アザを作った子供が親を連れずに病院に来たと。すぐ次の日には学校で先生に呼び出されました。保健室でアザを見せるように言われて、そこで抵抗したのも印象がよくなかった。ほとんど無理やり服を脱がされたら、背中や尻に手のひらの形の大きなアザがべっとりついていました」



−それは、…怖いですね。



「そりゃあもう(笑)勝手にできたんだと泣きながら説明しましたが、DVしてる親をかばってるとしか解釈してもらえない。そんなこんなでどんどん大事になってしまいました。」


「今にして思えば、母はだいぶ仕事で無理をしていました。精神的にも追い詰められていたんでしょう。児相の担当者の方と話し合っているうちに、わたし以上にパニックになってしまって。忙しいせいでPTAの行事も休みがちで、先生方の心象も良くなかったんです。完全に虐待の案件だと思われてました」


「ところが、児相の年配の職員さんが『何かおかしい』と気づいてくれたんです。経験豊富な方だったので、もしかしたら『その手』の案件に関わったことがあったのかもしれませんね。アドバイザーとして人を連れてきてくれて、それがこの道の私の師匠でした」



−そこで除霊の仕事を見て、ゴーストバスターを目指すようになったと。



「いえ、仕事の様子は見せてもらえませんでした」



−そうなんですか?!



「そうなんです(笑)。師匠、部屋を見るなりすぐに引っ越せと言い出しまして。母と一緒にホテルに移ったら、あっという間にアザは治りました。憑きまとわないタイプだったようです。部屋は都営住宅だったんですが、すぐに代わりの部屋も空けてもらえました。ゴーストバスターになってから知りましたが、都庁の都市整備局にはその手の案件をこなす部署があるんです」



−なるほど。



「結局、正式な弟子入りは大学院卒業後でした。この人が守ってくれた、というのは子供ながらに判ったので、中学に入った時に師匠の元へ押しかけて弟子入り志願もしました。母のためにも、早めに就職したいと思ってましたし。でも『妙な期待はするな』と言って、弟子入りは認めてくれませんでした」



−「期待するな」ですか。先ほど、ご自身でもおっしゃっていたことですね



「そうです。師匠は中学生にも容赦なかったですね。お前みたいなガキにこの仕事の良い悪いを判断できるはずがない、と。わたしにとっては人生変わった経験でしたから、もう将来の仕事はゴーストバスターだと決め込んでいました。そしたら師匠は偉人の名言集を取り出してきまして」



−名言集、ですか。



「そう。で、幾つか読み上げてから言うんです。この本、文字は大きいし1ページに格言一つしか載ってないし白いところ多いし、手抜きに見えるだろうって。確かに、と返すと師匠は『実はそうじゃない』というんです。さっき読み上げた名言を口にした人は、80年以上生きた天才ばっかりだと。そんな人でも、名言は生涯で数えるほどしかない。だからたくさん集めてもスカスカな本しかできない」


「お前にとって俺の仕事はすごいものに見えたかもしれないが、すごい仕事なんてのは俺の長いキャリアの中でほんの少ししかない。俺は凡人だから、お前の心を動かすような言葉や行動をポンポン提供なんぞできない。そんなことできるというやつはただの詐欺師だ。ゴーストバスターになったからって人生観が変わるような刺激をたくさんもらえるなんて甘えた期待はするな、と」



−何か、ゴーストバスターというより進路指導教官みたいですけど。



「師匠なら務まったでしょうね。独学でしたが、部屋にはカウンセリングとか心理学の専門書がすごい量ありましたから。で、最後にちゃんとアドバイスはくれました。本当にゴーストバスターになりたいと思うなら、大学まで進学して広く友人を作って臨床心理学やカウンセラーの勉強をして好成績を取れと。素質があれば、スカウトマンが来るから、と」



−…え?



「言われた通り、猛勉強して国立の大学に進みました。そしたらね、本当にスカウトマンが来たんですよ。就活のタイミングで。スーツをバリッと着こなした、一流企業の人事部長みたいな方でしたが、面談での第一声が『まだ除霊に興味ある?』(笑)師匠の旧知の方だったんです」


「けど、その時には臨床心理士の資格取得を目指してたので、就職は院卒後にしたいと伝えました。そしたら、実務経験は積んだ方がいいからと、アルバイトとして師匠の事務所に入れてもらえるよう手配してくださいました。いや、再会した時はさすがに師匠も褒めてくれましたねー」



−まさかゴーストバスター業界にスカウトマンがいるとは…



「まあ、決まったキャリアパスのある職業ではありませんから、わたしの例もあまり参考にはならないかも。転職組が多いのも特徴の業界です。多いのは看護系の仕事からの転職。映画や小説で出てくるような、警察関係からの転職は滅多にありません。フィクションになるくらい珍しい、ってことです」


「海外だと、軍関係者。特に衛生兵や療兵出身。中国や東南アジアなんかでは、風水師の斡旋や下請けで堂々と『退魔士』を名乗って活動しているケースが主だと聞いています。国ごとに結びつきの強い業界が違いますので、『腕一本で世界を回る』なんてのはほぼ不可能ですね」



−フィクションでよくある、幼い頃から師匠の元に預けられて、といったケースは?



「日本ではあまり聞きませんね。非常に素質の高い、感受性の強い子で家庭環境に問題がある場合には緊急措置としてそんな対応が取られることはあります。そうなると、児相の仕事とほとんど変わりないことになる。通常なら、親元から引き離さない方が能力も性格も安定しますから」


「ゴーストバスターのほとんどは個人事業主です。徒弟制度には色々と問題が多いし公的機関からのバックアップを受けにくいので、よほど大きい宗教法人か、特殊な信仰をバックボーンに持っている人たちでもなければ採用しないんです。内弟子扱いするくらいなら腹をくくって養子として迎え入れる、という判断をする人が多いですし、実際その方が間違いが少ないと聞いています。落語や相撲なんかとはその点で違いますね。保護される伝統芸能ではない」



−個人事業主、と言いますけれど、どのような業務形態を取っているのですか?



「私自身は、先ほども言った通り臨床心理士としての資格を持っています。なので、除霊はいわばカウンセリングの一環として行っている、という扱いです。師匠から地盤を引き継ぐまでは、スクールカウンセラーとしての業務もやってました。現在は独立開業していまして、依頼は師匠から引き継いだコネクションからが半分、カウンセラー業務を通して自分で開拓した所からが半分といったところでしょうか」


「近年はカウンセラーを置く企業も増えてまして、わたしも産業カウンセラーの資格を取りました。そこからできた繋がりで依頼を受けることもあります。ちなみに、つきあいのあった大学同期のほとんどは私がゴーストバスターだと知っていますので、怪しいと思ったケースはすぐに連絡をくれますよ。同期でゴーストバスターやってるのが私だけなので、重宝してくれるようです」



−なるほど。カウンセリングという扱いですか。



「これはあくまで一例です。日本でゴーストバスターが活動する業界は、宗教法人を除くと二つに大別されます。医療・福祉・教育領域と不動産領域です。わたしは前者ですね。後者に属する人にも色々なタイプがいますが、一般の皆さんが想像するゴーストバスターは、むしろこちらの領域の方々かもしれません」



−不動産関連だと、地縛霊を扱ったりするわけですか。



「要は、依頼主がどこかという違いです。不動産領域の方々は、不動産組合や都道府県の住宅管理課からの依頼を受けて動きます。福祉領域と違い、除霊一本で食べている叩き上げが多いのが特徴ですね。一方で、宅地建物取引業や不動産鑑定士、建築士の資格を取って不動産屋に就職してるゴーストバスターもいます。いざという時の切り札として、非常に重宝されるんだとか(笑)いずれにせよ、ほとんどの人は肩書きとして『住宅コンサルタント』を名乗っています。あとは『清掃業』とか(笑)」



−やはり素質は重要なんでしょうか。



「もちろん。なりたいと思ったからといって必ずなれる職業ではないですし、逆になりたくなくても仕方なく選択する人も居る。皆さんが一番気になるだろう除霊の手法や技術の習得方法については、申し訳ありませんがお伝えできません。単純に危険だからです。聞きかじりでの実践ほど危険なものはありません」



−興味深いお話が続きますが、そろそろ紙面が尽きてしまいます。最後に、ゴーストバスターという職業をわずかでも選択肢に入れている大学生へ一言お願いします。



「わたし個人は除霊という仕事に誇りを持って取り組んでいますが、職業としてのゴーストバスターはオススメしません。世の中にはこれだけ生きた人々がいるのに、わざわざ亡くなった方を相手取る必要もないだろうと(笑)」


「ゴーストバスターになりたいという人には必ず伝えている格言があります。アメリカのゴーストバスターの台詞です。『ゴーストバスターとしての人生は、君たちが想像するめくるめく神秘と冒険の旅からはほど遠い。むしろそれは、時折目にする小さな花を慰めにしながら、どこまでも伸びた平坦な道を歩み続けることに似ている』」


「この格言は、おそらくは業界のほとんどの方が同意してくれるだろう事実です。正直、わたし自身除霊と生きた人間のカウンセリングなら、カウンセリングの方にやりがいを感じますから(笑)しかしその一方で、除霊は人類がどれだけ発展しても必要になるだろう職業でもあります。本当になりたいと思うなら、その意思を固く持って自分を磨き続けてください。そんなあなたを、わたしたちは決して見逃しません。何しろ霊能力者なので。スカウトマンが肩をたたく日を楽しみにしていてください」



−(笑)ありがとうございました



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このインタビューは、大学生向けフリーペーパーのインタビュー企画

「ひとと仕事」に掲載されたものを許可を得て編集・転載したものです。

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『ゴーストバスターという職業』〜「ひとと仕事」連載第8回より〜 さいとし @Cythocy

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