金眼のアギト
原ともし
プロローグ
クリーチャー【 高価な物や自分が持っていない物を所持している者を『妬む』『恨む』『僻む』人間の総称。その間抜けな様。
他を妬み恨む卑しい表情や行為が人造物であり人成らざるものであるクリーチャーに似ている所から名を付けられた。】
【負の感情に振り回されクリーチャーとなってしまった人間が生み出す『異形』について記すー】
ある田舎町で連続して変死を遂げた死体が見つかった。ある人は火がごうごうとついたコンロに頭を擦り付けたまま顔を焦がし、ある人は自宅の風呂で浴槽たっぷりにはられたお湯に頭を突っ込んだまま溺死、またある人は耕耘機の稼動している爪部分に巻き込まれ死亡していた。
これらはまだ一部であり、一体目の死体が見つかってから1週間で約10体もの死体があがった。そしてもうひとつ、地元警察によるとこの人間達は争った様子や犯人らしきものの物的証拠等がなくこの凄惨な事件は全て自殺として片付けられた。この事に地元紙は呪われた土地として新聞に大きく記事を掲載し、どこにでもある長閑な片田舎は世の注目を浴びることとなった。
恐ろしい。自殺なんて。そんなことするような人ではなかったのに、いつも元気で健康的な人でした…と、亡くなった人の友人らしきふくよかな女性は涙を浮かべ語ったーーその次の日田んぼの側溝で沈んでいるのを発見された、なんて事もあった。
怪奇的な出来事が連続し、当然のごとく住民達は愛する土地を手放した。まもなくしてその町は危険地帯として閉鎖された。原因究明は現在進行形で調査中である。
ーーーーーーーーーー
「天蔵。これはなんだ。」
病院の廊下に似ているとある建物の一角で、神経質を擬人化したような男が言った。冗談が通じなさそうな険しい顔をした初老の男。きっちり七三に分けた黒髪には乱れが見えず、小さめな丸いレンズの老眼鏡の向こうには深く窪んだ眼窩に苦労と苛立ちが混じる双眼が睨む。その凍てつくような視線は岩のような体躯をした歳差のない男と、彼の足元にちょんと立つ2人の男児を射抜いた。
歳は違えどあまり離れてはいなさそうな2人。見た限りでは体格も着ている服も年相応、違和感のない子供だ。しかしここまで威嚇を込めた態度を表しているというのに、くっきりとしたアーモンド型の目と満月のように金色に光る4つの瞳は揺らぐ事なく色も変えずただジッと此方を見ている。また天蔵はやっかいな問題児を拾ってきたな、と内心毒づいた。
「しかも2人…兄弟か…。」
「おぉ、よく分かったな!2人とも目がそっくりだろう!俺の孫だ。」
天蔵と呼ばれた男は三白眼を三日月のように歪めてにんまりと笑みを浮かべ、狼のうなり声のような地鳴りとも聞こえる声で答えた。この男、顔面を横断する十字の裂傷痕がある。れは右目を潰すほど大きく、見た目から古傷だと分かっていても痛々しい。
そしてこの体躯に四肢は骨の太さをありありと感じさせ歳に似つかわしい筋肉に覆われ太い血管が走る。しかも鮮やかな桜色をした道中着のみをその肉体にはおり、下衣は只の黒いズボンときた。見るからに一般の人間ではない風貌の男によく着いてきたものだ。丸眼鏡はそう思いつつも天蔵の言葉にぴくりと片眉を吊り上げた。
「こいつら2人は似ているが、貴様とは似ても似つかんな。」
丸眼鏡の男は頭ひとつ分程高い場所にある天蔵の面に吐き捨てるように言った。
「瑞井よぉ、よぉく見ろって。俺にそっくりだろぉ。」
天蔵は少年達の頭を包み込めるほどの掌で、その見た目とは裏腹な優しい手つきで撫でてやる。それでもぐわんぐわんとこねくりまわされる少年の少々迷惑そうな顔を見下しながら瑞井は眼鏡を中指で押し上げた。
「態度は貴様に似るかもしれんがな。」
「まぁな!俺の孫だからな!」
「貴様は毎度それしか言わんな。」
瑞井は深く溜め息をついた後、ところで、と続けた。
「この子供らは何処で拾ってきたのだ。」
「…預かりもんだ。」
先程まで柔和な笑顔を見せていた天蔵の表情に陰りが落ちた。兄弟の弟のほうが心配そうに天蔵を見上げる。
「…東区第6エリア。」
「なに……?」
瑞井には聞き覚えのある単語であった。【東区第6エリア】ーー今現在閉鎖されている、かの呪われた土地である。
「貴様現地調査に行ったと思えば…、まさかあの土地の子供らを引き取って託児所でも作るつもりか。
」
「まさか…そうしてぇのが山々だが、残念な事にあの少子化した過疎町の子供はこいつら以外全滅だ。」
「…………。」
おも苦しさに思わず天蔵から眼をそらす。ふと兄弟に目をやると、兄とばちりと目があった。自分の故郷が閉鎖されてしまった上親からも離れてしまった身であるのにも関わらず一点の曇りもない表情だ。
小さな身体には大きすぎるショックを受け、まさか心を閉じてしまっているのではなかろうか。
「俺があそこに行った時出会ったこいつらの家族にな、預かるよう言われたんだ。」
「…家族は…生きているのか?」
「あぁ、俺が出会った時が引っ越しの真っ最中でな。恐らく事が大きくなる前に町を出ているだろうな。」
「………そしたら何故こいつらを置いていくのだ?」
瑞井は既に話に飽きてしまいキョロキョロと忙しなく辺りを見回す弟を見ながら言った。
すると天蔵は無精髭がはえた顎を掌で何度か擦ると、喉の奥に詰まった何かを吐き出すように答えた。
「こいつらが、呪われてるからだとよ。」
ーーーーーーーーー
不意に瑞井を見上げた兄は「あ」と短く言葉を発した。瑞井の胸元を指差しながら弟に耳打ちする。
「狼がいる。」
「どこに?」
「おじいちゃんのここんとこ。」
兄は自分の胸あたりを指指しながら言った。
弟は目を細め、凝らしながら瑞井の胸元に光る銀章を見つけた。
「ほんとだ。おーかみだ。」
「な。」
「このおじーちゃんもね、着物におーかみがいるよ。」
「うん。」
「………これからさ、ここで暮らすんでしょ?」
「そうだね。おじいちゃんが言ってたもんね。」
「おれらもさ、おーかみ付けてくれるかな。」
「………さあね。」
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