【古城にて】4
「災難だったなあ。半月経っても戻らなかったのに、まさか土壇場でブリュンヒルデが記憶を取り戻しちまうとは」
「お前か」
デメテルが振り返った先にはオニャンコポンがいた。この黒人に見える眷属が、すべての手配をしたのだ。ブリュンヒルデの部屋から過去の記録を一切掃除したのも。医務室への連絡も。デメテルも後で知ったが。
「しっかし、よくも半月も誤魔化せたもんだ。あいつ疑わなかったのか?」
「疑ってたさ。何度もね。だが最初の晩からハードだったからな。私の助けがなければ死ぬのは明らかだと彼女にも刷り込まれたはずだ。寝込みを"G"の一個小隊に襲われたんだ。レーザーを雨あられと撃ち込まれたよ」
「……なんでそれで生きてんだよお前ら。普通死ぬって」
オニャンコポンは天を仰いだ。"G"級は国連軍の水陸両用型・強襲揚陸戦仕様の神格である。大出力レーザーと標準型神格の数倍のパワーを備え、重量級であるにもかかわらずホームグラウンドの陸・水中での運動性は極めて良好である。防御力も非常に高い。それが極めて高いステルス性にものを言わせて忍び寄ってくるのだ。そんなものに奇襲されればまず助からぬ。人類の神々に対する殺意は極めて高かった。
人類製神格の性能は、12年前。開戦時点で既に神々の眷属を大きく凌駕していた。同水準どころの騒ぎではない。生産性が低いのが難点ではあるが、そもそも撃破が困難であるためあまり慰めになってはいなかった。今のペースで高性能化を続けて行けば、下手をするとあと数年で眷属では歯が立たなくなるだろう。
「開戦したまさにその日、奴らに食い殺されかけた」
「……第一次門攻防戦か?お前さん、あの戦いにいたのか」
「ああ。私だけじゃない。ヒルデもだ。彼女は遺伝子戦争以前からの相棒だよ。シドニーの十四番門を守備してた。ヘカテー討伐戦にも参加したし、今の戦争。人類門に対する隕石投下部隊でも一緒だった。その後のどんな激戦も。どれも死ななかった。常にヒルデが死なないように心がけていたんだ。彼女は私の生きる理由だ」
「
オニャンコポンはあきれ半分、感心半分でこの、金髪の眷属の全身を見た。今の話が本当なら、デメテルの戦歴は現存するいかなる眷属よりも華々しいものだったから。
「もっとも、思考制御が解けちまえばあのザマか……」
ふたりは運ばれてきた機械に目を向けた。医療ポッド。その中で眠りに就いているのは薬物で意識レベルを低下させられ、低温冬眠状態とされた麗華だった。
その向こうにあるのは大型の輸送機。更には何機もの気圏戦闘機が滑走路上へと引き出されてきている。麗華を後送し、再調整を施すためだった。他にも積み荷はあるが。
「それにしても物々しいな。護衛に気圏戦闘機が四機と神格二名か」
「この前の大敗の後の攻勢で、敵さんが何百キロも前進してきた。それで補給路も危ないんだよ。元々上から丸見えだしな」
デメテルは頭上を見上げた。遥か衛星軌道上で我が物顔をしているのは国連軍の艦艇型神格からなる艦隊。人類製神格としては第四世代型に当たるそれらは驚異的な性能を備え、衛星資源を独占的に使用している。排除の術は現状、ない。
人類製神格のそもそもの始まりは、反乱を起こした眷属にまで遡る。四十八年前、神々が人類の世界へと侵攻した当時。眷属の思考制御には欠陥があったと言われている。何らかの事故によって解除される余地があったのだ。それによって自由になった二十三体の神格は人類の側に付き、神々に対して反旗を翻した。人類側神格の誕生。本来戦争と呼べるほどのものになるはずのなかった侵攻は戦乱となり、神々は想像を絶する被害を受けたのだ。遺伝子戦争と呼ばれることになる二年間の戦いの末に世界間の門は閉じたが、その向こう側。地球では人類は力を蓄えていたのだった。その期間に人類側神格をリバースエンジニアリングし、より発展させたものが人類製神格なのだ。
人類が神々を憎悪するのも当然であろう。人間を洗脳して破壊兵器へと改造し、また多くの人間を代用の肉体とするために連れ去った。人口の七割を殺した。地球文明そのものに瀕死のダメージを与えた。
十二年前。こちらの世界に連れ去られてきた人間たちの一部が門を再び開いた。地球へと救援を求めるために。
地球人類は、それに応えた。それがすべてだった。
今や人類の力は神々に並ぶ。いや、それ以上かもしれない。人類は勝利を収めるまで戦い続けるだろう。神々が、二度と人類を脅かす事のないように。その能力の全てを奪うまで。
「いやしかし、ブリュンヒルデが記憶を取り戻す前に巨神がロックされててよかったぜ。さもなきゃどんだけ殺されてたことか」
「もしそうなったら、最初に殺されるのは私だったろうな。お前じゃない」
「いやいやそういう問題じゃねえって。二番目だろうが俺は殺されたくねえよ。お前は愛するブリュンヒルデに殺されて本望かもしれんが」
「……ふん」
やがて搬入が終わったのを見届けた両名は立ち話をやめ、輸送機へと歩き出した。
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