【第二章 死の街】
【死の街】1
どこまでも続く星空。
それを見上げながら、麗華は力尽きていた。
隣で同様にひっくり返っているのはデメテル。びしょ濡れの二人は、たった今、上陸したばかりであった。
周囲を見回す。
砂浜のすぐ先には不可思議な木々。先の島では植物をゆっくりと観察する暇もなかったが、
幾ら何でもあのような植物は地球にはない。―――と思う。植物にあまり詳しくない麗華には断言できないが。
そして極めつけは月だった。晴れ渡った空に浮かんでいるのは、砕けたような姿を持つ幾つもの月。妙に大きいそれはここが地球ではない、と強烈に主張していた。
それ以外の天体も、全く持って見覚えのないものばかり。曲がりなりにも天文学部所属の麗華は、ここが明らかに地球から遥か離れた天体であることが理解できる。
そして夜空を横切っていく、巨大な———鳥?エイ?よくわからないが、翼のようなものを広げた物体が目に入る。あの速度と角度はまさか、人工衛星?
「ぅ———げほっ」
水を吐いた。海底を生身で歩いてきたせいだった。信じがたいことだが、この肉体は呼吸が不要だった。デメテルに巨神から脱出しろ!と言われたときは頭がどうにかなったのではないかと思ったものだが。潜水病の予兆もない。
とはいえお世辞にもそれは、気分のいい体験ではなかったが。
「……死ぬかと思った。生きてます?」
「……生きてるよ。とはいえ君と同じ心持ちだ」
デメテルは顔だけ動かし、こちらを見ていた。
「こうして空を見上げると———ほんとに異世界なんですね」
「その通り。天文部だったかな。君ならここが地球でないことはひと目で分かるだろう」
「ええ。そりゃまあ。
—――遠くに来ちゃったなあ」
「故郷が気になるかい?」
「まあなるっちゃあなりますけど。両親や涼子———あ、妹なんですけど。他にも友達とか学校とか。でもどっちかというと、心配しなきゃいけないの自分の方ですよね」
「まあその通りだ。今現在も、私たちは敵の真下にいる。あれが見えるかい?」
「あれ———って、あの鳥みたいなやつですか?」
「ああ。あれは敵の人造神のひとつ。宇宙戦艦タイプの神格だ」
「―――あれが?」
「うん。数年前に敵が投入してきた新型でね。艦隊戦に敗北した我々は制宙権を奪われた。それ以来、奴らはああやって軌道上を巡っているのさ。人工衛星が担う役割。通信や気象観測、位置情報。地表の監視。諸々の支援を地上部隊に対して行っているんだよ。対する我々は衛星のほぼすべてを失った。おかげで様々な事柄について制限がつくようになっている」
「……」
「こうしている我々のことも写してはいるはずだが、それを解析して確認するまでは時間がかかるだろう。とはいえ移動が必要だ」
「すぐですか……ちょっと勘弁してください」
「わたしも同じ考えだよ。やむを得ない。木陰まで行けるかな。そこで改めて休もうか」
「はい……」
ふたりは這うようにして、樹海へと入っていった。
◇
「済まないが、これで勘弁してくれ。かなりの荷物は天幕ごと焼かれてしまったからね」
デメテルが虚空より取り出したのは大きなシート。地面に広げ、折り曲げたそれを器用に木の枝に引っかけて支えると、たちまちのうちに二人が入れる屋根付きのスペースが出来上がった。
そして、タオルと毛布。カロリーバーのような食料が一本取り出される。
「……どこから出て来たんですか。もう驚きませんけど」
「巨神の中だな。そこに入れてあるものはいつでも出し入れが可能だ。まあ残っている装備はもう少ない。今夜はこれで我慢してもらうしかない。
さ、脱いで」
そう告げるデメテルは、自らの着衣に手をかけていた。
「……へ、あの」
「疲れが取れないぞ」
脱ぎ終えた服を近くの枝へぶら下げて干した女神は、その魔手を少女へと伸ばした。
魔法のような手際で服をはぎ取られた麗華は、たちまちのうちにタオルで体を綺麗に拭かれ、屋根の下へと引っ張り込まれる。
裸身の少女たちは、一枚の毛布にくるまると横になった。
女の子同士とはいえドキドキしてしまう麗華。無理もない。
とくん。とくん。
肌を重ね合わせた女神の鼓動。
間近に迫ったデメテルの吐息。白い肌。美しい、その顔。
「顔が赤いな。大丈夫かい?」
「あー。たぶんへいきです……」
「ならよかった。さ、これを」
邪な考えが浮かんでは追い出す麗華に対して、女神は手にしたものを差し出した。
包装されたカロリーバーのごとき食品の半分。
「いただきます…」
ぺらぺらとめくって中身を取り出すと、ぱくり。
なんというか、こってりとしていて甘い。
記憶にある、コンビニで買えるような携帯食品と同じ味だった。
デメテルも同様にぱくり。
「……」
あっという間に完食。物足りないが、女神が文句も言わずに同じものを食べているので我慢。
「明日になったら水も探さないといけないな」
「はい」
「さ。今日はもう寝よう」
「……」
麗華はふと、裸身の相手が首から下げているロケットペンダントに気が付いた。自分のものは着衣と一緒に木の枝にぶら下げている。どうも防水らしく、中身にダメージはないようだったが。
「デメテルさん……」
「……なんだい?ヒルデ」
「あの、写真。私たち以外に写ってた娘って誰なんですか?」
「……ヘカテー。私たち二人の後輩だった。いつも一緒にいたよ」
「友達、だったんですね……?」
「ああ」
「戻ったら、会えますか?」
「……無理だ」
「なぜ?」
「彼女は死んだ。殺されたから……」
「そう……ですか……」
やがて、眠気が襲って来た。
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